#69. イックネームはありますか?
名前は忘れてしまったのだが、むかし「笑っていいとも!」にケータイの誤変換を紹介するコーナーがあり、
「いま髪とかしてるから待ってて!」と打とうとしたのに「いま神と化してるから待ってて!」と変換されたという話に、兄と一緒に爆笑したのを覚えている。
本来なら「かみ/とかしてる」という風に分解されるべきところを、ケータイの変換機能が「かみ/と/かしている」と誤って分析した結果起きた事件だろう。
このような、言葉の区切り方を誤ってしまう現象のことを「異分析」(metanalysis) という。
先日紹介した、辞書編纂者・飯間弘明さんの「言いあやまりん」解説動画 3 にも、異分析の例として、「多機能トイレ」を「滝のおトイレ」と聞き間違えたというものが紹介されている。
いま「おトイレ」と変換しようとした際もいちばん最初に候補に出たのは「音入れ」だったし、この異分析は変換のときであれ実際に話しているときであれ、日常生活ではわりと頻繁に起こるものだろう。
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ではここからは、英語における異分析の例、中でもとくに「間違って分析されたものなのに、結局そのまま固まってしまった」稀有な例をいくつか紹介しよう。
1. Apron
英語の異分析の代表格といえば、まずなんといっても、「エプロン」を意味する apron だろう。
もともとの形は napron だったのに、不定冠詞の a が付いた状態の "a napron" の音を "an apron" という風に人々が誤って解釈した結果、n の取れた apron が生まれた。
隣り合う単語をつなげて発音する英語では、"a napron" も "an apron" も発音の上では聞き分けがつかない。
なお、「エプロン」の元型 napron は、「ナプキン」の napkin とも語源的に兄弟のような関係にある。「エプロン」は異分析の結果 n が取れたのに対し「ナプキン」の方には n が残っているのがなんとなく面白い。
2. Umpire
つづいての例は、「審判員」を意味する umpire 。野球ではたまに、「球審」が「アンパイア」と呼ばれたりするが、それもこの umpire である。
これも、もともとは noumpere で頭には n が付いていたのだが、先ほどの例と同様に、不定冠詞の付いた "a noumpere" を "an oumpere" と区切ってしてしまう人が多くいた結果 n が消失してしまった。
これがなければ、いまごろ球審は「ナンパイア」と呼ばれていたのかもしれない。
3. Nickname
最後の例は、「ニックネーム」の nickname だ。
これに関しては、上の 2 例とは逆パターンで、元々の形は ekename と n の付いていないものだったが、 "an ekename" を "a nekename" と人々が誤って切り分けたため、n がくっついた nekename が幅を利かせる結果となった。
「ニックネーム」に慣れ過ぎてしまった現代人に「イックネーム」はなんとも間抜けに響くだろうが、もともとはむしろ「ニックネーム」こそ、ぼくらの祖先の大間抜けから生まれた産物なのである。
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言い誤りに聞き間違い。人が言葉を操るかぎり必ず生じるこのような現象が言葉を大きく変えることもある。
今回の「エプロン」、「アンパイア」、「ニックネーム」のように、正しいと思っていたものが実は誤りから生まれたものということもあるのだし、あらためて、移りゆく言葉に「絶対の正しさ」はないのだろうなと感じている。
馴染みのない言葉に「それは誤りです」と目くじらを立てる気持ちもわかるが、言葉は絶えず変化するもの。そんなことをしているといつか、すっかり老いて枯れる ...... いや置いてかれるかもしれないのである。