#68. 礼儀正しいパイナップル
以前 Twitter でこのような文が話題になった。ご存じの方も多いだろう。
見たことのない人も、いま読んでみて、驚いたのではないだろうか。
たしかにこの文章が言うとおり、人間は単語の最初の文字と最後の文字さえあっていれば、中の順番がめちゃくちゃであっても、問題なくそこにあるべき適切な単語を認識することができるらしい。
なお上の画像には「ケブンッリジだがいく」(ケンブリッジ大学) とあるので、元ネタは英語の文章だろうと思い調べてみると、どうやら以下の文章が原典のようだ(ただし、ケンブリッジ大学の研究というのはウソ):
Aoccdrnig to a rscheearch at Cmabrigde Uinervtisy, it deosn't mttaer in waht oredr the ltteers in a wrod are, the olny iprmoetnt tihng is taht the frist and lsat ltteer be at the rghit pclae. The rset can be a toatl mses and you can sitll raed it wouthit porbelm. Tihs is bcuseae the huamn mnid deos not raed ervey lteter by istlef, but the wrod as a wlohe.
英語がある程度できる人ならやはり問題なく読めたと思うので、わざわざ書く必要もないかもしれないが、スペルを正しい並びに直すと、次のような文章になる:
According to a researcher at Cambridge University, it doesn't matter in what order the letters in a word are, the only important thing is that the first and last letter be at the right place. The rest can be a total mess and you can still read it without problem. This is because the human mind does not read every letter by itself but the word as a whole.
ケンブリッジ大学の研究者によれば、単語の中の文字がどのように並んでいるかはあまり関係のないことで、唯一重要なのは最初と最後の文字が正しい位置にあるということである。その他の文字は全く煩雑な並びであっても、わたしたちはそれをなんの問題もなく読めてしまう。これは、人間の意識が一つ一つの文字ではなく単語全体を読んでいるからである。
自分で思っている以上に、人間の脳は意外といい加減なのだなあ。
日本ではこのほか、2018 年に老舗和菓子屋の「中尾清月堂」が、この現象をうまく利用した広告を出したことがある。
う〜ん、やっぱり読めてしまった。ものの見事にスムーズに。一つ一つをよく見てみると、「みまなさ」「おらしせ」「ぜたっい」「どやらき」「リニュアール」など、なんだそれはと言いたくなる言葉のオンパレードなのに、なんだか悔しい。
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人間が実は単語をそこまでしっかり見ていない(のであろう)ことがよくわかる現象がもう一つある。
たとえば、英語の単語を覚えているとき、最初と最後のつづりが似ている単語( antidote と anecdote など)はひどく覚えにくくなかっただろうか。
あるいは、英語で話しているとき、音やスペルが似ているだけの「全く関係ない単語」を口走ってしまった経験はないだろうか。
ぼくはある。最近で言うと、とある会議で全員の賛成である決定がなされたときに、「全会一致(unanimous decision)ですね」と言おうとしてなぜか「匿名による決定(anonymous decision)ですね」と言ってしまった。
案の定 "Sorry?"(ごめん、なんて?)と聞き返され、とても恥ずかしい思いをした。全会一致の赤っ恥。いまの発言、匿名ということにしてもらえません?
このように、音やつづりの似ている単語を言い間違える現象を、「マラプロピズム」という。
おかしな響きの名前だが、これはアイルランド出身の劇作家 Richard Brinsley Sheridan の喜劇 The Rivals の中で、しょっちゅう言葉を言い間違える登場人物「マラプロップ夫人」に由来している。
似ている単語を覚え間違えたり言い間違えたりすることは、日本語ではもちろん、外国語ならなおのこと恥ずかしいことではあるが、現象に名前がついているくらいだから、多くの人に一般的な「あるある」なんだと思えばすこし気もまぎれる。
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ちなみに、マラプロップ夫人のなかでも、とくに代表的な言い間違えは、"He is the very pinnacle of politeness"(彼はまさに礼儀正しさの極みですわ)と言おうとして "He is the very pineapple of politeness"(彼はまさに礼儀正しさのパイナップルですわ)と言ってしまう場面。
pinnacle(頂点)と pineapple(パイナップル)は、たしかに最初と最後のつづりこそ似ているけれども、それにしても「礼儀正しさのパイナップル」って、一体なんのことなんだ。