#78. スマートな痛み
和製英語としてずいぶん前から定着し、英語学習の序盤で意味を訂正される言葉の一つに smart がある。
日本語の「スマート」は「シュッとした,細身の」というような意味なのに対し、英語の smart は「賢い」という意味である。
イギリスでは、身なりや外見などに対して「おしゃれな,小ぎれいな」という意味で使われることもあるが、やはり「痩せている」というニュアンスはない。
◇
ここまでは、ある程度英語に触れてきた人ならすでに聞き飽きた話といった感じだろうが、
実はこの smart には、英語上級者でもあまり知らない「動詞としての用法」がある。
smart を動詞として使った場合、「〔身体の一部が〕ズキズキ痛む」とか「精神的苦痛を受ける」というような意味になる。
My eyes were smarting from the onions.
タマネギのせいで目がヒリヒリする。
The police are still smarting from their failure to prevent the robbery.
その警察官らは、強盗を防げなかった一件でいまだに気を病んでいる。
形容詞の「賢い」と動詞の「痛む」。同じ smart に、どうしてこんなにかけ離れた意味があるのだろうか。
このような疑問が浮かんだときに、参考になるのが語源である。
Online Etymology Dictionary の smart の項を見てみると、どうやらおおかたの予想に反して、「痛み」に関する意味の方が先にあったようである。
もともと古英語期には、smart の元となった動詞 smeortan が「痛む」というような意味で使われており、形容詞 smeart は「ズキズキとした痛みを伴う」という意味だった。
そこに「頭の回転が早い,賢い」という意味が加わったのは 14 世紀ごろのことであり、これは「 “(痛みの原因となる物理的な) 鋭さ” と “賢さ” がつながっている」という考えからだそうである。
たしかに、日本語でも「鋭い」というと、「〔物理的に〕尖っている」という意味と「頭が切れる」という意味があるし、そもそも「頭が “切れる” 」という言い方自体、刃物の鋭さと頭の賢さを同一視しているところがある。
また同じような意味の発展は形容詞 sharp にも見られ、これも「鋭い」と同時に「頭の切れる」という意味でも使われる。
最初かけ離れているかに思われた、「痛い」と「賢い」の二つの意味が、「鋭い」を仲介することによってつながった。
(A) 痛い つまり (B) 鋭い それは (C) 賢い
◇
和製英語として、日本語において特殊な意味を持つようになったり、動詞としてなじみのない意味で使われたりと、英単語 smart はなにかと悩ましい単語ではあるが、
意味のつながりを理解したいま、これできっともう smart についてあれこれ smart することは、なくなったのではないだろうか。