日刊ほぼ暴力#339
視界は紅蓮に染まっていた。燃え盛る炎、炎、炎。逃げ道はどこにも見えない。進む方向も分からぬまま、両の足はさまよい歩く。熱さはもう感じず、むしろ全身に冷たさが貼り付くようだった。どろどろと溶けた蝋のような何かが重たく垂れ下がってきて目蓋にのしかかる。手で拭ってみるとそれは自分の頭皮で、焦げて縮れた髪の毛ごとごっそり剥がれたものだった。彼は自分の皮をぶら下げたままとぼとぼと歩き続ける。その呼吸はゆっくりと、安定している。とうに焼けただれているはずの呼吸器は、炎を吸い込めば吸い込むほどひんやりとして痛みも退いていった。ぼろぼろの唇の端から、黒い煙が細くたなびく。なあお、とすぐ近くで猫の声がした。小さな声にも関わらず、それは燃え盛る炎の轟音よりも前へずけずけと割り込んで彼に呼び掛けた。彼はそちらへ首を捻った。炭化した組織がその動きに伴ってボロボロと落ちた。そこには焼け残った瓦礫の壁に、炎の揺らぎに合わせて踊る黒い影が映っていた。彼の背丈と同じだけの大きさの、歪んだ猫の影だった。
(気分はどうだい)
猫は笑った。
「最悪だ。死なせてくれよ」
彼は答え、苦すぎる痰を足元に吐いた。
(487文字)(続かない)
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