日刊ほぼ暴力#317
何も見えない部屋の中で、いつからか、その声に耳を傾けつづけていた。届かない高い窓から流れ込んでくる声は、彼女の知らない外の世界の美しさを夢のように語った。輝く太陽と空を、雪を頂く山脈を、青紫の花を、水のせせらぎを、人の愛を。彼女にそれらは理解できなかったが、理解できないものが存在するというだけで、外に憧れる理由には十分すぎた。彼女の部屋の中にあるものは、彼女自身が暗闇をこねて作り出した物言わぬ友人たちだけだった。
「出て来なよ、鍵なんて掛かってない」
声は何度もあっけらかんとそう言った。彼女はそれでも部屋から出ては行かなかった。恐れていたからだ。声が語ってくれる美しい世界は、彼女の瞳に映ったとたん、見る影もなく歪んでしまうことだろう。暗闇さえ彼女の力を封じ込めることはできなかった。部屋の壁や天井に爪を立てて這い回る、物言わぬ友人たちの夥しい気配を彼女は感じている。彼女が望んだので、それらは生まれた。もしも光が与えられたなら、どれ程多くの物をこの瞳は認識し、次の瞬間には己に都合よくつくりかえてしまうだろう。
(457文字)(続かない)