青の剣の継承者#6-1
(1)
(前回)
◇
「……ああ。俺の責任だ。全部な」
星も月も死んだように暗い夜更け、狭い小屋の中を唯一照らしていたのは、床板に突き立てられた見知らぬ剣がひとりでに放つ、美しく清澄な青い光だった。
柱に背を預けて座り込むヒノオを、リューリは見下ろしていた。
隣村から走り通して来たボロボロの足で立ち竦み、言葉もなく。
「〈青の剣〉……俺の力……俺の恥。取り返すだけで、精一杯だった……もう魔法も使えねえんだ、ずっと、俺は抜け殻だったのさ……ははは。見たか? リューリ。みんな死んじまったなあ。すまねえな……」
投げ出された一本しかない腕の傍らに、半ばからへし折れた剣が転がっていた。それはリューリもよく見知っているヒノオの剣で、高価ではあるが何の変哲もない代物だった。
――村の者を護衛して町へ下りる時など、ヒノオがその剣を腰に下げて行く姿を、何度も憧れの目で見送ったことを覚えている。
――(ガキが触ると危ねえんだ。特にお前のようなのが)
村にいる間も常に、ヒノオはそれを目の届く傍に置いていた。彼はしばしば酔い潰れて正体をなくすことがあり、その隙をついてどこまでその剣に悪戯できるかを、子供らは度胸試しに競っていた。
――リューリは彼に稽古をつけてもらう最中、一度だけ木剣の代わりにそれを握らせてもらったことがあった。
鋼の重みは彼の想像を上回っていて、思い通りに振るうため魔法を使おうとしたせいで酷く叱られたのを覚えている。
「結局、追いつかれちまったんだ。自分の弱さからは……誰も逃げられねえ。笑えるなあ。はははは。笑えねえか……」
一言ごとに身の内を削られていくかのように、ヒノオは黒い血を溢しながら笑った。
傷の程度を診る術も、治療の術もリューリは知らなかった。ただ、彼が死のうとしていることは分かった。
リューリは三年前のことを思った。
〈叫びの日〉から間もなく、まだ世界に本格的な混乱が広がるより前。
傷だらけの余所者がふらりとこの村を訪れ、そのまま居着くようになった始めのことを。
どこから来たのか、右腕を失うほどの怪我をどこで負ったのか、なぜ帰る場所がないのか、その男は誰にも語ろうとしなかった。
その理由を、リューリは今になってうっすらと理解した。
――つまるところ、ヒノオはとうに〈呪い〉を受けていたのだ。
その秘密が三年の間、どこにどのようにして封じられていたのか、それをリューリが知ることはない。
ともかく七日前、大嵐が通り過ぎた後の、蛇岩の森の奥底からそれは這い出して来た。
輝く剣に背を貫かれたまま駆けていくマナの獣は、遠く目にした人々によってその光を鬼火の青に、体躯を狼に喩えられた。
「リューリ。頼まれてくれるか。……俺の死体を燃やしてくれ。アレは、俺を追ってここに来た。こんな抜け殻に、今更何の用があるのか知らねえが……後腐れなく、頼むぜ。なあ……」
「……」
口にすべき言葉がリューリには分からなかった。殴りかかることも、泣き喚くこともできなかった。
しかし自分の体を、心臓を激しく震わせている感情の名が怒りであることを知っていた。
(6-2に続く)