日刊ほぼ暴力#345

「いたぞ!」「こっちだ!」
背後で複数の怒声が響き渡った。しっとりとした夜の庭園にはいささか不似合いな雑音だ。
「ウソ、もう追いつかれたっ」
「走るぞ、振り返んなよ!」
彼女の背中を叩いて先へ行かせ、私も走り出す。もしかするとこのまま二人で逃げ切れるのではないかと、心の片隅では信じていた。しかしその甘い見込みは一瞬で打ち砕かれた。みるみる背後からの足音が迫ってくる。パーティードレスというものがこんなに走り辛いものだとは知らなかった。徐々に離れていく彼女の背中を私は感嘆しながら見つめる。よくもまあこんな服で走れるものだ。きっと幼い頃から何度もこんなことをやっていたに違いない。この城の外へ、雁字搦めの世界の外へ逃げ出すために。私にはどうしたって真似できない。出来るのは結局、こういうことだけだ。敵の間合いに入ったことを感じ、私は唐突に足を止める。背後から振り下ろされた警棒をすんでの所で半身になって躱す。鼻先を掠める風圧。ひんっと情けない悲鳴が自分のではない口から漏れる。彼女の声だ。振り返んなって言っただろ。警棒を握る相手の懐に潜り込み、腹に一発。ぐえッと汚い声を耳元で吐かれて気が滅入る。私はこんなのを聞きに来たはずじゃなかったんだが。彼女の可愛い声で、たった一言ありがとうと言ってほしかっただけ。

(549文字)(続かない)

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