日刊ほぼ暴力#363
血の川と化した細いコンクリートの道を、白い素足が踏みつける。染みひとつない雪のような肌を、跳ねた血液が斑に汚す。それを全く意に介する様子もなく、ぱしゃぱしゃと水音を立ててその女はこちらに歩いてくる。チェシャ猫のような笑みを浮かべたまま。
「あ、――」
逃げなければ。でも、彼を置いて? 私は数メートル前に転がっている生首を見下ろす。当然、もう死んでいる。私だけでも逃げるべきだ。そう思っても足は動かなかった。
「ねぇ」
いきなり、女の顔が目の前にあった。
「ひッ――」
私は可能な限り仰け反り、その囁きと剥き出された白い歯からどうにかして逃れようとした。がつん、と後頭部を凄まじい力で掴まれる感覚がして、私の頭は固定された。女の顔がさらに近づいてくる。息のかかる距離まで、鼻が触れる距離まで、そして。
「ん、ぐぅっ――!?」
唇が唇に押し付けられる。口づけ、などと呼べる甘やかな行為では断じてなかった。獣じみた一切の加減ない怪力。息が全くできない。自分は何をされている? 一体なぜ? この女は何なのだ? 恐怖と共に思考が駆け巡り、意識が朦朧とする。数秒して、唐突に女は顔を離した。私の頭は掴んだまま、何か不満げな表情で呟く。
「やっぱりあいつ、騙したな。吸ったところで何が旨いもんか」
やっと息が吸える、そう思ったのも束の間、次の瞬間、女の口が目の前でがばりと開いた。その真っ赤な色だけが視界を埋め尽くした。
「あ」
ガヂン。歯と歯の噛み合う音。肉が噛み潰され、皮膚がベリベリと剥がれる異音。痛みは感じられなかった。女の顔が離れ、その口から何かが吐き捨てられた。血みどろの路上にぼとりと落ちたその肉片が私の顔のどの部位なのか、すぐには理解できなかった。
「こうするほうが、やっぱりずっといいや」
(730文字)(続かない)