日刊ほぼ暴力#353

首を落とされたサカナの鰓がまだ動いていた。水と混ざりあった血がまな板の上に薄く広がっている。ぬるい潮風となまぐさい臭いが鼻腔に充満する。
「人間のお客さんとは珍しいね」
野太い声は私に向けられていた。私は決して店主と目を合わせないよう、曖昧な角度で顔をもたげたまま頷いた。店主の下顎と胸らしき部分だけが目に入る。てらてらと光る灰色の鱗の合間から、赤黒い肉が覗く。錆びた分厚い包丁を握る手は、びっしりと生える白い触手に被われて指が何本あるのかも分からない。
「いいサカナですね」
私は言った。粘っこい汗が額から止まらなかった。この町に来てからずっとだ。
「ええ、サカナですよ。海が近いからね」
店主は頷いたようだった。
「食べていきますか。奥で食堂をやっとります」
「いいえ……」
私は唾を飲み込み、首を振ってその店先から立ち去った。早く町から出たほうがいい。だが、あまり急いでは怪しまれる。強いてゆっくりと足を動かし、広すぎる大通りを俯いて歩きながら、私は何度も考えてしまう。あれは本当にサカナだったか? サカナだった。サカナだ。絶対に。

(459文字)(続かない)

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