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青の剣の継承者#8-2(終)

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前回




 ――時は遡り、その日の早朝。
 死闘の後、消えぬ悪臭が漂う村の一画にて、焼け残った家屋を借り一夜を越した三人の〈猟犬〉の耳に、近付いてくる足音と人声の群れが届いた。
 ほどなくして現れたのは、西の隣村から恐る恐る様子を見に来た村人たちだった。その中には、このタタゴ村から隣村まで逃げ延びていたほんの僅かな生存者の姿もあった。

 話を聞くと、彼らは一昨日の夜の襲撃時散り散りになって難を逃れたが、数人は森の中にひたすら隠れて息を潜め、夜が明けて暫く経ってから一度ここへ戻ってきたのだという。
 しかし、変わり果てた村の光景に悲嘆する間もなく、彼らは再び逃げ出すことになった。
 『出て行け』『獣はまた来るぞ』狂ったようにそう叫んで彼らを追い立てた一人の少年がいたからだ。

「あれは昨夜は西の村に泊まっていたはずで、いつの間に帰っていたのやら……。逃げるなら一緒にと引っ張っても、自分は仇を討つんだと、その一点張りで暴れるんで手に負えなかったそうです。何人かは怪我までさせられましたんで、このままあれも〈呪い〉にやられるんじゃないかと、なにしろ皆怯えきっていますから、そんな風に言い合って逃げて来ちまったんだそうで……」

 リューリは昨日自分たちが保護し、まだ気を失っているが無事であることを三人は伝えた。
 村人たちはひどく安堵した様子で、抵抗されたとはいえ気の毒な少年を置き去りにしてしまったことを悔やんでいたのだと、涙を浮かべて語る者もいた。
 それらの反応と、幾つかの遠回しな問いへの答えから三人が確信したのは、彼らが〈青の剣〉の存在を一切知らないということだった。

 生存者の中にリューリの家族がいないことを聞き出した後、イルハは暫く思案し、そして一つの伝言を彼らに託した。
 リューリが目を覚ましたら伝えるように――その内容について怪訝な顔をする者たちに説明を加えることはなく、〈猟犬〉たちは間もなく村を後にした。




……
「黙って持っていくべきだったと思いますけどね。僕は」
「〈青の剣〉はあいつの物だ。生きてる奴からは盗まねえのが俺の信条なんだよ」
「どうだか……」
「それがお前の判断なら、私に異論はないさ」

 ムルの谷の街道に低く差し込む朝日が、連なる岸壁を白く光らせている。
 周囲に他の人影はなく、三人はようやく誰の耳も気にすることなしに会話を交わしながら、昨日来た道を戻りハリの町へ向かっている。

 彼らの姿には、昨日までとは異なる点が幾つか。
 メイルの背には長剣の鞘と、折れた上に歪んでしまった中身とが別々に括られている。
 そしてニズが負う荷物には、一見何の変哲もない古ぼけた剣が一本加わっている。
 どうやら鞘に納められている限り影響はないようだったが、念のために魔法使いではない彼がその持ち運びを任されている。

「何にせよ、見なかったことにして置いていくには余りにも危険すぎるし……惜しい。この剣も、あのガキもな」
 独白のように語りながら、イルハの目はじっと前を見据えている。

「先代の持ち主――〈青い豪閃の〉ヒノオがこの剣を振り回していた時、世界はまだその価値を知らなかった。いや、忘れ去っていたんだ。マナってのは大昔に失われたはずの力だったからな。だが、マナは再び世界中を覆った。その力の価値を誰もが思い出した。……なあ、考えても見ろよ。これの存在がもしも知れ渡ったとして――〈青の剣〉を剣として使おうとするような馬鹿は、今やあのガキ以外にいるはずがねえ」

 剣の内に眠る、底知れぬ太古のマナ。
 リューリのちっぽけな魔法をさえ絶大な威力に強化せしめたその力こそが、〈青の剣〉の真価だ。

 例えば、王国が保有しているという巨大〈遺物〉兵器群の動力として組み込んだならば。
 例えば、より破壊的な魔法使い――世界に数人の存在が確認されているという〈災害魔法〉の使い手などが、それを手にしたとすれば。
 それがどれほどの脅威となりうるのか。どれほどの者がその力を求め、奪い合い、血を流すことになるか。彼らには想像すらつかない。

「――だったらなぜ、あえて剣の形をしているんでしょう?」
 不意に、ニズが疑問を呟いた。
「使い手の魔法を強めるだけなら、形は何でもいいはずなのに。これほどの大きさのマナストーンがわざわざ剣に加工されたのには、相応の理由があったはずなんですよね」
「他にも分からないことは山ほどあるぞ。これがヒノオの剣だったというなら、彼はこれをいつどこで手に入れたのだろう? 彼以前には誰かが所有していたのだろうか? 〈叫びの日〉以前からこの剣のマナに触れていたのだとすれば、彼らは……」

「あーあー、考えたって分かりゃしねえよ。とにかく俺たちなんぞに見つかっちまったのが、この剣とあのガキの不幸だ」
 考え込み始めたメイルを遮り、イルハが声を上げる。
 急に全ての緊張感が抜けたようにあくびをし、彼は二人の仲間を振り返る。

 抱え込んでしまった謎と力に対し、彼らの存在はあまりにも不釣り合いだ。
 〈猟犬〉の仕事を果たすのも危うい、明日をも知れぬたった三人の弱小部隊。
 見飽きた仲間の顔を見比べ、イルハはやがてにやにやと笑い出す。

「今はあいつの返事を待とう。……場合によっちゃ、面白いことになってくるぜ」





 昼時をとうに過ぎて、酒場はすっかり閑散としていた。
 〈鬼火狼〉討伐の朗報に浮かれていた者たちもそれぞれの仕事に駆り出されていき、町は早くも普段通りの活動を再開しようとしている。
 日が暮れて再び賑わいが戻るまでの眠たげな空白が漂う酒場の片隅で、未だ顔を付き合わせ、何やら深刻な調子で話し続けている三人がいる。

「400ってとこだな」
「200ですね。これ以上は譲れません」
「何をけちくさいことを。せめて500だ」
「言ってる場合ですか! アンタだって新しい剣がいるでしょう」
「本部でゴネりゃ今回はそこそこふんだくれると思うぜ。そんなにピリピリしなくていいだろ」
「とにかく、あの獣を仕留めてくれたのはリューリ君だ。恥を忍んで手柄は我々がいただくとしても、せめて渡せるものは渡していかねば申し訳が立たん」
「ンなこと言って、酒代で一番所持金溶かしてんのアンタじゃないですか」

 卓上には、この町の自警団からイルハが預かった例の“心付け”に加え、彼らの懐から出た僅かばかりの金が積まれている。
 昼前からダラダラと飲み食いし続けている彼らの思考は鈍りきっており、議論は一向に纏まる気配を見せない。

「僕としてはむしろ弁償して貰いたいくらいですよ。一体あの〈円鏡〉が幾らしたと思ってるんですか? それがあんな、ガラクタみたいに……」
「知ってるよ。つうかその代金、半分俺が立て替えたよな」
「どうにかして代わりを調達しないと、さすがにもう僕らだけじゃやっていけませんよ。戦えるのが実質メイル一人じゃないですか」
「なあ。そういやあの金はいつ返ってくるんだ?」
「〈遺物〉がなかったら僕が何の役に立つっていうんですか。荷物持ちですか? それで報酬の取り分変わらないなら喜んでやりますけどねぇ!」
「まあまあ、何とかなるさ。金といえばイルハ、昨日村へ行く途中の谷で……拾った物があっただろう」
「ああ? あー、盗賊の」
 死体から奪ってきた宝石、とはさすがに大きい声では言いかねて口をつぐむ。
「それ、換金したらどのくらいになりますか」
 ニズが眠気の覚めたように身を乗り出す。
「あんなのは微々たるもんだ。装備を整えるには到底足りねえな」
「どうしてもっと根こそぎ浚ってこなかったんです?」
「自分でやりゃあよかっただろ!?」
「そんな暇ありませんでしたよ!」
「俺もだよ! いいからもう飲んでねえで寝ろ、お前は!」
「落ち着け、落ち着け。酒がこぼれる」

 すさみ始める二人の言い合いをのんびりと仲裁しつつ、メイルは既に数滴しか中身が残っていないジョッキに口をつけた。
 その時だった。

「痛てッ」
「ちょっと、何すんだい!」
「あれっ、あいつは」
「おいガキ! 人にぶつかっといて――」

 何やら酒場の外でざわつく声がしたかと思うと、次の瞬間、勢いよく扉が蹴り開けられた。
 皆の視線が一斉に、転がり込んできた小柄な影へと集まる。

 その少年は、村から一度も止まることなく駆けてきたとでもいうように肩で息をしていた。
 汗みずくで、頭はボサボサだった。
 昨日イルハが治してやったというのに、その足はまた引っ掻き傷だらけになっていた。
 呼吸が治まるのも待たず、少年は――リューリは吼えた。

「どこだ! 〈猟犬〉!!」

「マジかよ、あいつ」
 酒の入った頭にビリビリと大声が響き、こめかみを押さえながらイルハは思わず腰を浮かした。
 人のまばらな店の中を見渡したリューリの目はすぐに三人を捉え、次いでその足元の荷物の上に無造作に積まれた剣に止まる。

 と、誰も触れていないにも関わらず、ぐいと引っ張られたように剣が滑った。
 柄に灯る青白い仄かな光。魔法だ。
「あ、待て!」
 イルハが慌ててそれを踏みつけ、見えぬ力でリューリの元へ手繰り寄せられようとした剣を床に押さえつける。

「返せ! 踏むんじゃねぇ!」
 怒りを顕にして詰め寄ってくるリューリ。
 イルハは周囲の視線がこちらに集まっていることに冷や汗をかきつつ、声を落として制止する。
「待てよ。返事がまだだ」
「伝言を聞いていないのか? どうしてここに来た」
 メイルも席を立ち、自分の肩ほどの高さにある少年の頭を見下ろす。
 
 リューリは歯を食い縛り、踏みつけられてガタガタともがく剣と三人の顔を見比べていたが、今の力では強引に奪い返せないことを悟ったのだろう、不承不承といったように肩を落とした。同時に剣も動きを止める。

「『どこかに捨てるか、俺たちに渡すか、それともお前が一緒に来るか。三日後に答えを聞きに行く。それまでは俺たちが預かる』」
 イルハが村人に託した伝言を、一言一句違わずリューリは呟いた。
 攻撃的に三人を睨み付けたまま、きっぱりと返事を告げる。
「三日も待つ気はねぇ。オレは〈猟犬〉になる。オレを王都に連れていけ」

「……」
 メイルは言葉を返すことができなかった。
 リューリの答えには余りにも迷いがなかった。
 その目に荒々しく燃えている怒りは、昨日から少しも減衰したようには見えなかった。
 彼は既に、仇を討っているにも関わらず。

(ああ。戻れないんだな)
 曖昧な納得と哀しみがメイルの胸中に広がる。
 イルハが与えた選択肢は、事実上少年にとって唯一の運命を示すものだったのだろう。
 リューリは剣を手放さない。
 起こったことにケリをつけ、家族も師もいない村に戻った平穏を受け入れる気はない。
(お前にはそれが分かっていたのか、イルハ? その上で、彼を利用する算段を立てたんだな)

 イルハもまた無言のままリューリと睨みあっていた。
 やがて、ゆっくりと念を押すように言う。
「……人前では絶対に抜くな。俺たち以外の人間には、絶対にバレないようにしろ。言ってる意味は分かるよな?」
「あぁ」
 少年が頷くのを見届けると、イルハは足をどけた。
 〈青の剣〉はするすると床の上を滑り、リューリは飛び付くようにそれを拾い上げた。

 束の間、少年の目から怒りが消える。
 古びた鞘を、柄を――取り戻した師の形見を手の中に確かめ、強く唇を引き結んだその表情が何を意味していたのか、それは誰にも分からない。

「あのー、話が早いのは結構ですけど……」
 一部始終を静観していたニズがそこで口を挟む。
「いくらなんでも焦りすぎじゃないですか。その様子だと、村の人らに話もつけず飛び出してきたんでしょう。人攫いか何かに間違われちゃ、さすがに僕らも困るんですが……」

「もちろん、お前らが逃げるつもりでも追い付くように走ってきたんだ。剣を取り返すためもあるし、それに……」
 辟易したような顔のニズを睨みつけながらそこまで言って、リューリの視線はなぜかメイルの方へ向けられる。

「……? 何だ?」
 首を傾げた彼女に説明しようとして、少年は一瞬口ごもり。
 それから自分の中で何かを飲み込んだように頷き、初めて小さく笑った。

「アンタに聞きたい話があったから。昨日、知ってるって言ってただろ。〈青い豪閃〉……昔のヒノオの話を」



「青の剣の継承者」(終)
 →次話「???????」

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