日刊ほぼ暴力#337
ガラス張りの壁の向こうに、鋭利な月と夜景がうつる。テーブルに脚を組んで腰掛け、それらを見下ろしている男がいた。こちらからは後ろ頭しか見えないが、俺はそいつこそ探していた男であることを一目で確信した。タバコを咥えているのか、口元から立ち上る白い煙が白い月光に溶けていた。テーブルに向き合うソファーには、ナイトガウンを着た中年の男が項垂れて座ったまま絶命している。ほんの微かな血の臭い。
「噂は本当だったってわけか」
俺は声をかけた。その男は振り返らなかった。
「仕事は速いが、用が済んだ後も無意味に現場にとどまる癖がある」
「無意味じゃあないさ」
ふっと煙を吐き出し、男は口を開いた。
「人が死んだ後の空気ってのは、何にも換えがたい味わい深さがある。あんたは分かってくれるかもしれないと思ったんだが」
「生憎と期待には沿えないな」
俺は肩を竦めた。目の前の室内の光景は、今までに目にしてきた他のあらゆる光景と同様に退屈でありふれたものとしか感じられなかった。この男にとってはそうではないらしい。まあ、全てどうでもいいが。
「会うのは初めてだな、――」
数時間前に掴んだばかりのそいつの本名を、俺はゆっくりと口にした。男は初めて振り返った。その顔に動揺はなく、さりとて余裕ぶった色もなかった。
(534文字)(続かない)