日刊ほぼ暴力#365
人のものでも獣のものでもない叫び声が、澱んだ市街に谺する。縦に裂けた口から涎を垂らし、全身から疣のように飛び出た無数の目玉を狂喜に血走らせて、それは目の前に立ちはだかるちっぽけな二つの影を見下ろした。
「大丈夫、落ち着きな。私がなんとかしてやるから」
背後で震える少年を振り返り、その女は自信に満ちた声でそう言った。女は大柄で、腰や脚に巻いたベルトに幾本もの物騒な刃物を差していたが、その身なりはボロボロで、着ているタンクトップも血にまみれている。しかしよく見れば、それは人のものでも獣のものでもない、青黒い血である。
「だから、な、離してくれよ。おまえを引きずっちまうわけにはいかない」
「は、離れないん、です……手が、うまく動かなくて」
少年は震えながら声を絞り出した。彼は、女の腰まである長い赤毛にしがみついていた。躊躇いなくあの怪物に向かっていこうとした彼女を止めるために、咄嗟に伸ばした手がそれを掴んだ。しかし、女に諭されて彼の意志がそれを離すことを望んでも、恐怖で石のように強張った拳は容易に動かなかった。
「ご、ごめんなさい……! くそっ………離せ、離せよ……!」
「分かった。いいよ」
歯を食い縛り涙を浮かべる少年を見下ろして、女は心得たように頷いた。そしてすらりと腰のベルトから大鉈のような刃物を引き抜くと、うなじのあたりに突っ込んで無造作に滑らせた。
「あっ……」
少年は目を見開いた。断ち切られた赤い毛の束が目の前でふわりと広がる。羽根のような軽い重みだけを少年の手の中に残し、女は大鉈を構えて駆け出した。
(653文字)(続かない)
ありがとうございました。氷谷八尋の次回作にご期待ください。