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青の剣の継承者#7-2

1

前回




(……!)
 全ての光景を瞬きもせず目に焼き付けながら、イルハは強く歯噛みした。
 ほんの僅かな攻防の内に、理解せざるをえなかった。〈鬼火狼〉に打ち勝つ力など、彼ら三人は到底持ち合わせていなかった。
 この場においてあの獣に対抗し得たのは、元よりあの〈青の剣〉と、怒りに満ちた少年をおいて他になかったのだ。
 その希望も〈呪い〉に蝕まれ、呆気なく消えようとしている。

(俺は選択を誤ったか? この賭けは無意味だったか?)
 その問いこそが無意味だと知っていながら、イルハは己の思考を押し止めることができない。
 ――任務を放棄し、逃げ出す機会はいくらでもあった。
 ――追跡に手間取った振りで時間を稼ぎ、強力な〈狩人〉の到着を待つという選択肢もあったか。
 ――せめて力ずくでもリューリから剣を取り上げ、戦闘から遠ざけていたなら。

 だが、数時間前のイルハは、ここで敵を討伐することに賭けた。
 彼には自ら戦う力さえない。治癒の魔法と少々の機転、そして悪運の強さだけが彼の持っている全てだ。
 それでも、〈猟犬〉として果たすと誓った目的があった。
 たとえ信頼する仲間に危険な戦闘を強いてでも、追い求めてきた野望が。
 そのためにはここで引き下がることなど決して選べはしなかった、はずだ――

「! ……クソッ!」
 拳を固め、己のこめかみを殴り付ける。
 全てが奇妙にゆっくりと映る視界の中心で、古馴染みの女剣士が傷を負い膝をつく。
 熱傷を癒すのは容易だが、イルハが今飛び出していったところで、治す間もなく二人とも殺されるだけだ。

(後悔しようとしたのか? 俺は今……俺がしてきた選択を! 下らねえ意地だったと……!)

 〈鬼火狼〉の輪郭が揺らぐ。
 メイルが敵の脚を一瞬遅らせたことで、ニズが間一髪リューリの前に飛び出す。
 〈遺物〉の起動は残り二回。攻撃を防いだ所で、その後がなければ何の意味もない。
 メイルの武器はへし折れた。そして、〈青の剣〉は。

 見開いたイルハの眼を、揺るぎない光が洗う。
 光は剣の形をして、未だ少年の手の中にある。
 リューリは倒れていない。意識は定かならずとも、その切っ先は敵を差したまま。

 どれほどの執念で抵抗しているのか。――〈呪い〉は未だ成っていない。
 そう悟った瞬間、イルハは考えるより先に声を振り絞っていた。

「起きろォ! クソガキ!!」

 戦闘の間隙を縫って、言葉ならばイルハにも届かせることができる。
 そして、他者の呼び掛ける言葉は、人と獣の境にある者が自己を定義し直す大きな手掛かりとなることを、イルハは誰よりもよく知っていた。

 ――真に悔いたのは選択ではなく、己の弱さだけだ。
 今は少年の強さのみを信じ、全てを託してイルハは叫ぶ。

「頼む! ――お前なら勝てる! 戦ってくれ、リューリ!!」

続く

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