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2019年11月の記事一覧
日刊ほぼ暴力#334
空間を埋め尽くすように撒き散らされる銃弾の雨の中へ、彼はただ真っ直ぐに突っ込んでいく。バヂヂヂヂヂ、と小さな火花が彼の体の周りで絶え間なく散り咲く。彼の装備は、共に突撃した同期の兵士たちのものと何ら変わらない。正面からの銃撃を跳ね返し続けるような装甲などありはしない。そんなものがあったなら、彼の仲間たちも穴だらけの肉塊になることはなかったのに。またひとり、はらわたを撒き散らして転がった仲間の死体を
もっとみる日刊ほぼ暴力#333
「何者だ!」
倉庫の中の面々は素早く振り返り、大量の銃口が一斉に出入口を向いた。月明かりの逆光を背負いそこに立っていた影は、彼らが想定していたものよりずっと小さかった。
「悪いけど、知らない大人に名前を教えちゃいけないって、ママに言われてるの」
甲高い不敵な声。つんと傾げた人形のような顔の横に揺れるツインテール。白いポロシャツに膝小僧までのスカート。いっそわざとらしいほど、それはどこからどう見ても
日刊ほぼ暴力#332
呻きながら俺は膝を折り、踞った。沸き立つ観衆のどよめきが四方から俺の脳を揺さぶる。流れ出る血が顔を覆っていくのを感じる。鉄の臭い。何も見えない。両の眼球を、一文字に切り裂かれた。理解はしていても、絶望は追い付いてこない。ざく、とすぐ近くの砂に刃の突き立てられる音が、やけに鮮明に聞こえた。
「立て。闘え」
威圧的な声が背中を叩き、同時に俺の手枷は外された。萎えた重たい腕を懸命に伸ばして、俺は与えられ
日刊ほぼ暴力#331
冷たく湿った何かが少女の頬に触れ、ぞろりと撫で回す。濡れた草と苔のような臭いが鼻先に漂う。少女は息を殺し、目を閉じて眠ったふりをし続ける。心臓が苦しいほど肋骨の奥で暴れている。ごめんなさい、お母さん、ごめんなさい。心の中で少女は泣き叫ぶ。今日、本当は森へ行っていたの、おばさんの家じゃなく。あの家の兄さんはわたしのことを見つけると追いかけてきていやな遊びをするの。だからわたしはこっそり森へ行って、あ
もっとみる日刊ほぼ暴力#330
渾身の力で叩きつけた手斧がそれの右上腕に半ばまで埋まり、止まる。一撃で落とすことができなかった。冷や汗が噴き出す。押しても引いても動かなくなった得物から手を離して飛びすさる咄嗟の判断が、わずかに遅れた。ぎち、と鋼めいた筋肉の束が音立てて軋み、次の瞬間、それは傷ついた右腕を凄まじい勢いで振り上げた。埋まったままの手斧と、その柄を握りしめたままの私ごと。何かが千切れたような激痛が右肩に走り、まずい、と
もっとみる日刊ほぼ暴力#329
ようこそ、可哀想な人。よくここまで無事にたどり着きましたね。無事ではない? ああ、怪我をされているのですか。ご心配なく、見張りの鳥が吼えたので、じきに人が参ってあなたを医院まで運ぶでしょう。それまで、わたくしの隣にでもお座りになってお待ち下さいな。ご覧のとおりの身体ですけれど、お話相手くらいなら務まりますわ。少しは痛みを紛らわすお手伝いになれればよいのですが。……ここは何なのか、ですって? では、
もっとみる日刊ほぼ暴力#328
突然、突き飛ばされたような感覚がして俺の背中は壁に叩きつけられた。ダンッという鋭い衝撃音が響いた。それが、超高速で飛来した鋼鉄の矢が俺の身体を貫通して石壁に突き立つ音だと言うことに気がつくまでに、さらにもう二本の矢が同じ音を立てて俺の右肩と喉に付き立てられた。一本目は心臓のど真ん中を射ぬいていた。俺は自由になる手足をじたばたさせたがどうしようもなかった。完全に背後の壁に縫い止められている。矢はあま
もっとみる日刊ほぼ暴力#327
踏み込みは同時。刃と刃が火花を散らし、すれ違う。細かな血飛沫。互いに致命傷には程遠い。振り返るのも同時だった。俺の頬には薄い傷。対する相手は刀を握る右手を、左手で覆うように押さえている。その下からぼとぼとと血が滴る。両者の中間地点……たった今すれ違った位置に、指が二本落ちている。
「三本斬ったつもりだったが」
俺は呟いた。相手は荒い息を吐きながらこちらを睨み付けていたが、視線を動かさぬまま、刀を左
日刊ほぼ暴力#326
錆まみれの斧が一閃し、溶けかけた男の胴体を真っ二つにした。手応えは曖昧だった。ぬちゃり、と液状化した肉が飛沫と化して跳ね、脆い結晶のように砕けた背骨が散らばる。断面から糸を引く赤黒い粘性の血液が伸びて、地に落ちた上半身と、倒れずに立ったままの下半身を繋ぐ。下半身は上半身を引きずったままうぞうぞと歩き続け、彼との距離を詰める。
「パパ――」
彼の腰に少女がしがみつく。小さな手は恐怖に青ざめて震えてい
日刊ほぼ暴力#325
「てめえはもう終いだ、分かってんだろうな」
狭いオフィスの一室で、窓際に追い詰められた青年を半円に包囲する五人の黒服。その一人が凄みをきかせて告げる。
「ネタは上がってんだ、今さら言い逃れはできねえぞ。……散々やってくれたな」
「ええ、散々好きにさせていただきました。ですからもう、どこにも逃げません」
青年は笑った。その顔には怯えも焦りもない。これまで常にそうであった通りの、余裕を湛えている。
「
日刊ほぼ暴力#324
高速回転しながら飛来した円盤の縁が三人の首をまとめて刎ね、カーブを描いて東側の壁に突き刺さった。メリメリと花柄の壁紙を削りながら半分以上も埋まってようやく動きを止める。
「なぁんだ。避けちゃったのぉ?」
ケタケタと笑う女は、白いテーブルクロスの敷かれた大きな食卓に無作法に腰を掛け、長い脚を挑発的に組んだ。私は這うように身を低くした姿勢のままそれを見上げる。ゴトンゴトンゴトン、とすぐそばに三つの首が
日刊ほぼ暴力#323
重なりすぎて何が描いてあるかもわからない壁のラクガキを赤い血が塗り潰していた。小便とシンナーと濃厚な鉄の臭いが混じり合った最悪な空気に吐き気がする。踏みつけていた男の後頭部から足を下ろした。男は小便器に顔を突っ込んで動かなくなっていた。気絶しているのではない。死んでいる。殺した。殺したことは何度かあるので感触で分かる。多分背骨を折った。その前に窒息していたかもしれないが。
外からどやどやと近づいて
日刊ほぼ暴力#322
銃声を聞きながら海に飛び込んだ時までは、確かに手を繋いでいた。水面に顔を出さないまま可能な限り遠くまで行こうとして、彼女に手を引かれながら自分でも必死に水を蹴ったけれど、段々目の前が暗くなってきて気がつくと全身でもがきながら上を目指していた。ようやく酸素にありついて、意識が鮮明になった時にはもう彼女はいなかった。暗い海面だけが周りに広がっていて、僕は一人だった。岸はまだ思っていたよりもずっと近くに
もっとみる日刊ほぼ暴力#321
雨夜の闇に白刃が閃き、また一人が血飛沫を上げて吊り橋から転がり落ちた。眼下の濁流の中に悲鳴は呑まれ消えていく。護衛の数はこれで残り三人になった。護られるべき少年は既に橋を渡りきっている。その傍に付く護衛が一人。残り二人は吊り橋の中程で、敵の行く手を阻んでいた。橋の幅は二人が並び立つので精一杯の狭さだ。両者ともに剣ではなく槍を構え相対する者と睨み合うが、彼らの足はじりじりと後ずさっている。恐れている
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