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2019年8月の記事一覧
日刊ほぼ暴力#243
汚れてしまった靴の先を見下ろして、彼女は物憂げに白い息を吐いた。それは周囲を包む濃い霧の中へ溶けて、その一部となった。
――しゃん。しゃらん。
軽い金属の触れあう鈴のような音色が微かに聞こえた。同時に、くぐもった男の声が背後から呼び掛けた。
「終わりましたか」
彼女は億劫そうに顔をもたげ、振り返る。ガスマスクと防護服に身を被った長身の影が、散乱する死体を踏み分けながら近づいて来た。右手に携えた錫杖
日刊ほぼ暴力#242
束の間の拮抗。
そして次の瞬間、勝負は既に決していた。
“彼女”のブレードが敵の頭部を水平に切り飛ばす。黒ずんだ循環液を撒き散らし宙に舞う上顎。それが地に落ちて地響きを立てると同時に、残された胴体も四肢を折って崩れるように停止した。
ブレードは数秒間空転し、絡み付いた汚れを払った後前腕部へと格納される。機構の蓋が閉じ、排出される圧縮蒸気の吐息。そしてようやく、“彼女”は振り返った。
少年は息をのみ
日刊ほぼ暴力#241
キュイイイイイ……イイィィィン……
哀しげな獣の哭き声にも似た音が、炎に包まれる町に響き渡る。少年は目を見開いて、眼前の戦闘光景に見入っていた。
赤く塗りたくられた世界の中心でぶつかり合う二柱の黒い巨影、蒼白いスパーク。
片方はこの地域の一般的な野生化機獣と同じ特徴を持つ。鋭角的な輪郭、顔の殆どを占める顎、逆関節の膝、楔のように地に突き立つ四本の脚。しかしその全てのサイズが、今までに町を襲っていた
日刊ほぼ暴力#240
眩い陽光の下で、その刃の禍々しい呪い文字の如き刃紋が目についた。その男は病んだようにこけた片頬を歪めて笑う。
「お察しの通りです。この刀には猛毒が仕込まれている。切っ先が僅かにでも触れればあなたの命はありません。しかし、その秘密を守ることこそ我が必殺の理由。知られてしまったからには万事休すと言うほかありませんね……」
「どの口が言ってやがる。あんな不審死体をバカスカ残しておいて、証拠隠滅もクソもね
日刊ほぼ暴力#239
ギィン、と耳触りな音が荒野に響き渡る。折れて宙に舞う剣先を、彼は呆然と目で追った。
「無駄だよ。私の弾丸は見切れない」
女の低い掠れ声が彼に呼び掛けた。彼はすぐに己を取り戻し、眼前の敵へと視線を戻す。フードを目深に被っており、顔はよく見えない。小柄な身に合わぬ大口径のリボルバーを二丁携え、彼の額にぴたりと狙いをつけている。その引き金に掛かった指に力が篭る、ほんの僅かな気配を感じとるやいなや、彼の体
日刊ほぼ暴力#238
彼女は生まれたときから今と同じ姿をしていた。艶やかな長い黒髪。すらりとした手足。柔らかな曲線を描く身体の輪郭は完成された女性美を湛え、同時に未だ未完成な少女の儚さをも秘める麗しき乙女の姿。
彼女がその白魚のような指で母親の陰部を腹まで裂き開きこの世へと這いずり出してきた時、初めて目にしたのは既に発狂していた父親の姿だった。父親は、ぶよぶよと人体の倍以上に膨れ上がった赤紫色の腹を波打たせて泣き叫ぶ母
日刊ほぼ暴力#237
「耳をすませて御覧なさい。砂の鳴る音が止みましたじゃろう」
老人に言われるまま、彼は息を潜め、耳をそば立てた。町を囲む砂海は完全に静まり返っていた。これまで絶えることなく聞こえ続けていた囁きが消えていた。肌で感じることさえ出来ぬほんの幽かな風に触れて、さらさらと流れ触れ合う砂の囁きが。
「完全な凪。それが前触れなのですじゃ。町の者らが我先にと隠れるのを見ましたじゃろ」
「あんたは隠れなくていいのか
日刊ほぼ暴力#236
「……これは何の真似だ?」
半獣の男は眉をひそめ、己の足元を素早く駆け回る無数の小さな影を見下ろした。それらは小さな顎を開き、石のように硬く厚い皮膚に覆われた男の踵へとてんでに牙を突き立てようとしている。
「う、うう……」
そこから十数歩離れた位置で、灰色の法衣を纏った小柄な女が魔法杖を支えに辛うじて立っている。傷を負っているわけではない。少しでも気を抜けば、恐怖で膝から力が失せてしまいそうなのだ
日刊ほぼ暴力#235
どうして、こうなった? 俺は何を間違えた? 冷たい床に尻餅をついたまま、彼は力なく首を横に振り続ける。バラバラの四肢が散らばった、死臭の充満する通路。戦闘の痕跡も生々しいその空間の中心、彼の目の前に倒れ伏すのは、変わり果てた彼女の姿。その身体を包む色鮮やかな朱色のドレスは無惨に引き裂かれたぼろ切れと化し、ドス黒い血と機械油にまみれている。両膝から下はズタズタに千切れ、無機質な骨組みやコードを露出さ
もっとみる日刊ほぼ暴力#234
「も、申し訳ありませぬ……! 奴らの戦力が想定外に増していた為……私の腕では歯がたたず……」
大柄な身体を卑屈に縮こまらせ、その男はガタガタと恐怖に震えながら跪いていた。乏しい蝋燭の灯だけが揺れる広間、深い闇の奥にゆったりと腰掛ける存在は、その男の後頭部を見下ろしてしばし黙っていた。椅子の肘掛けをコツ、コツと指で叩く音だけが酷薄に響き渡る。やがてその者はゆるゆると口を開いたが、その語調はむしろ大男
日刊ほぼ暴力#233
冷たい風に木々が揺れる。擦れあう葉の陰鬱な囁きが私の頭上を覆っている。空は見えず、月明かりの一筋も届かない夜の森の中を私は走り続ける。左腕の肘から先は痺れたように感覚がない。血がまだ流れているのかどうかも分からない。夢を見ているように意識が曇り、身体感覚が遠ざかっていた。私の両足は殆ど無意識に、恐怖だけを力に変えてどこまでもひた走った。
ガツッと背後で音がした。木の幹に何かが突き刺さる音。直後、あ
日刊ほぼ暴力#232
侵入してものの数分も経たぬ内に、刀はすっかりなまくらになっていた。背後の通路には斬り伏せた数十体の屍が折り重なっている。絡みつく大量の血と脂、それと打ち合った時に刃がこぼれたせいもある。師を殺して奪い取った時はあんなにも輝いていた刀が、見る影もない切れ味となっていた。
「初めて使ったけど、真剣なんてこんなもんかあ」
心底から残念そうな口振りでひとりごちつつ、彼は刀を振るう。侵入時に見せた鮮やかな刀
日刊ほぼ暴力#231
殴りかかってから数秒で、俺はこの男に勝てない事を悟った。こちらの繰り出す拳も蹴りも、全て動きを読まれた上、必要最小限の動きで躱されている。俺の攻撃は常に奴の体から数センチ離れた空間へ突き刺さり、それでいて掠りもしない。次第に息が上がっていく。奴は涼しい顔のまま、その身のこなしもまるで鈍る様子を見せない。明らかに優位に立っていながら、反撃さえしてこないのはどういう訳だ。このまま俺がブッ倒れるまでこい
もっとみる日刊ほぼ暴力#230
「僕は、何をしても赦される存在でした」
にこやかに微笑みながら、彼は語り出した。その端麗な容貌、言葉遣いの端々、机に軽く乗せた左手の、白手袋に包まれた指先に至るまで、全てが洗練され、気後れを覚えるほどの高貴さを漂わせている。しかし何よりも畏れるべきはその右肩から生えているものだった。上等な夜会服の袖の付け根を突き破り、明かりの下に曝け出されている異形の輪郭。それは、鳥の翼、のように見えた。白い、小