マガジンのカバー画像

日刊ほぼ暴力

368
・毎日更新。・400字以上。・暴力重点。・文章を書くこと、特に継続して書くことの練習としてやっています。
運営しているクリエイター

2019年7月の記事一覧

日刊ほぼ暴力#212

その死体の頭部は執拗に叩き潰され、容貌を伺い知ることは全くできなくなっていた。しかし身にまとう血に汚れた衣服はごく仕立ての良いもので、死体の身分の高さを物語っていた。少なくとも、生前はこのようなスラムの路地裏に足を踏み入れることなど一度もなかったに違いない。だが、何よりも異様なのはその死体の腹部だった。その腹は単なる肥満とは言い難い形状にぶくぶくとおぞましいほど膨れ上がっている。シャツのボタンとベ

もっとみる

日刊ほぼ暴力#211

狼は月を待っていた。艶のない黒の体毛は、谷底の色濃い闇を吸って、輝きを久しく失っていた。骨の形がはっきりと見て取れるほど痩せ衰えた身体を、黴の生えた冷たい土に伏せて、狼は鼻面を微かに仰向けたまま、石化したようにじっとしていた。そこからは、遥か高くに、糸のような細い空だけが見える。ちらちらと通り過ぎていく灰色の雲の流れが、今宵は一段と速い。嵐が近づいているのだろうか、と狼は思う。谷に谺する風の音も荒

もっとみる

日刊ほぼ暴力#210

「後ろだよ」
声は背後から聞こえた。俺は振り返った。路地の入り口に立つ大柄な人影があった。鈍く輝くマグナムの銃口が真っ直ぐ俺に狙いをつけていた。俺は咄嗟に右手で顔を庇った。雷鳴のような発砲音が響き、マズルフラッシュが闇を切り裂いた。同時に俺の視界の半分が吹き飛んだ。至近距離で放たれた弾丸は俺の右掌を貫通し、五指を粉々に砕き、右目に突き刺さって脳を抉った。肉が赤いゼリーのように爆ぜる。衝撃で俺は大き

もっとみる

日刊ほぼ暴力#209

扉を開けて入ってきたのは5人の黒服の男たちだ。先頭の男の顔を見るやいなや少年はみるみる青ざめ、老人の座る椅子に救いを求めるようにすがりついた。老人は無言のまま、杖をついて椅子から立ち上がり、来訪者たちと対峙した。先頭の男は鋭い目つきで少年を見つめた。黒服たちは武器を構えてはいなかったが、油断なく張り詰めた気配を漂わせている。やがて、隊長格なのだろう、やはり先頭の男だけが口を開いた。
「確かに、我々

もっとみる

日刊ほぼ暴力#208

「もういい。もう十分だから」
彼女はそう言って僕の手を振り払った。僕は立ち止まり、振り返った。彼女の俯いた顔は逆光でよく見えなかった。彼女の背後の空は燃え盛る地上の炎を映して赤く照り輝いていた。編隊を組んだ戦闘機の黒い影がその空にくっきりと浮かび、こちらへ近付いてきていた。
「お願い、これ以上はもう……」
彼女の震える肩に僕は手を伸ばそうとして、前よりも激しく振り払われた。僕は所在なくなった両手を

もっとみる

日刊ほぼ暴力#207

強い風が吹いて、夏草の匂いがした。眩しい日の光に目を眇めながら、僕は緑に覆われた都市を見下ろした。旧い時代のビルの残骸や、斜めの電波塔、うねる高架の跡。生い茂る蔦や木々の葉に深く埋もれたそれらの人工物は、白茶けた骨を晒す巨大な生き物の化石のようだった。
ここは文明の終わった地。僕が生まれるより、僕の祖父ちゃんが生まれるよりもずっと前に滅びた町だ。
「……」
彼女はその景色を食い入るように見つめてい

もっとみる

日刊ほぼ暴力#206

橋桁の下にわだかまる暗がり。周囲に人影は――正常な人影は一つもない。腐ったドブ水の臭いも塗り潰すほどの、血と臓物の臭い。切り刻まれた人体の欠片が闇の中に白く散らばっている。それらの間をうろうろと動き回る、異形の姿が一つあった。人間の子供に似た大きさと形状、しかしその頭部は石塊のように歪で、肌の色は黒ずんだ緑。総身に返り血を浴びて禍々しく斑に染まっている。その怪物はヒクヒクと鼻を動かしながら、自らが

もっとみる

日刊ほぼ暴力#205

「何なんだ、これは」
少年は呟く。眼下には、通りを埋め尽くす異形の怪物の群れ。連なり押し寄せる無数の背はぬめぬめとした鉛色の波のように照り輝き、夥しい亀裂のような顎が獲物を求めて残虐に口を開ける。そして。
「い、いやあぁぁ! 助けて! 助けてえぇぇ!」
「ひぃぃぃ!! 化け物! 来るな、来、ぐぁぁぁぁあ!?」
既に多くの逃げ遅れた者たちが、その牙に、爪に捕らえられ、今見下ろす間にも無残な死を遂げて

もっとみる

日刊ほぼ暴力#204

「ハァ、ハァ、ハァ……!」
逃げないと。早くここから逃げないと。焦れば焦るほど足がもつれ、靴底が滑るように感じられる。悪夢のように体が前へ進まず、同じ場所を走りつづけているような錯覚。どこまで行っても変わらない左右の無機質な白い壁と、等間隔に並んだ鉄格子の扉がそう思わせるのだろうか。
「ウグッ……」
とうとう躓いて倒れ込んだ。ぐにゃりとした膝を死に物狂いで奮い立たせ、両足の靴を脱ぎ捨てる。裸足にな

もっとみる

日刊ほぼ暴力#203

振り下ろした刀は交差した二振りの短刀に受け止められる。相手は両腕の力で俺の攻撃を押し返し、猿のような宙返りを打って後方に飛び下がった。追撃をかけようと踏み込んだ瞬間、俺は本能的に危険を予測して踏みとどまった。敵は宙返りの動作の中から両手の武器を躊躇なく投げつけてきたのだ。回転する刃が二つの軌道を描いて俺の顔と首筋に迫る。辛うじて刀身を掲げ、二本ともを叩き落とした。慌てて構えを戻した時には、相手は服

もっとみる

日刊ほぼ暴力#202

夜もまだ更けきらぬ中、嵐はいよいよ激しさを増していた。風雨が窓に叩きつけ、時折遠い雷鳴が重々しく響いた。カウンターの奥でグラスを拭きながら、彼はそれらの音に耳を傾けていた。無人の店内は、それらの物音とはきっぱりと隔てられた沈黙に満たされているようだった。薄暗い照明の下で動かぬ椅子やテーブル。それらは賑わっているときの店内とはまるで別物のような陰を帯びて、一足早く眠りについている。
しかし、その沈黙

もっとみる

日刊ほぼ暴力#201

首に食い込む指の強さは皮膚を突き破りそうな程だ。息が詰まる。喉から細い笛のような音だけが漏れる。心臓が暴れ狂い、チカチカする視界の中に、歪んだ相手の顔が見える。凄まじい力で俺の首を絞めながら、そいつは歯を食い縛り、陥没した額からダラダラと血を流している。滴ったその血が俺の額に落ち、片目に流れ込む。その痛みを感じている余裕もない。俺はそいつの手を必死に引き剥がそうともがき、爪を立てる。背中に冷たく硬

もっとみる

日刊ほぼ暴力#200

「違う、違う。もっとよく狙って」
笑いながら白衣の女は指を動かした。彼女の指の動きと連動して、まるで見えない糸で繋がってでもいるように、「的」が再度宙へ吊り上げられる。絶えず聞こえている弱々しい呻き声のトーンが僅かに高まる。少年は疲労し始めていたが、言われた通り再びそれを見上げ、集中する。両手足を縛られ逆さ吊りになった「的」の、血が上って赤く膨れた顔を狙う。それは全身を捩ってもがいているので、ぐら

もっとみる

日刊ほぼ暴力#199

紫煙。革靴の底に貼りついたガム。べとつく汗。饐えた臭い。どこかで痩せ犬が吠えている。その掠れた声を聞きながら角を左へ曲がる。道は一段と暗くなった。ぬかるみとも吐瀉物ともつかぬ物を何度か踏んだ。俺は更に何度か角を曲がった。足音はぴったりと一定の距離を保っていつまでもついて来た。どういうつもりなのだろう。てっきり人気のない所に来れば向こうから襲ってくるだろうと思っていた。しかしその気配はない。俺はつい

もっとみる