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日刊ほぼ暴力

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・毎日更新。・400字以上。・暴力重点。・文章を書くこと、特に継続して書くことの練習としてやっています。
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2019年6月の記事一覧

日刊ほぼ暴力#181

雨も降っていないのに、べったり湿ったシャツが身体に貼りついて息苦しかった。体中から異常な量の汗が噴き出しているのだと暫くしてから気付いた。細かく震える手で懐を探り、封筒の感触を確かめる。確かにある。その厚みも確かだ。
「やった……やった、やった、やってやった……」
彼は譫言のようにそう何度も繰り返した。暴れ狂う心臓の音と耳鳴りのせいで、彼には自分の声も殆ど聞こえていなかった。だから、その時狭い路地

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日刊ほぼ暴力#180

槍の穂先は正確に少女の心臓を狙って突き出された。少女は恐れの余り意識が朦朧としたのか、ふらりと彼の方へ倒れかかって来るようにさえ見えた。容易い獲物だ。華奢な肋骨を折り砕き、柔らかい乙女の脂肪と肉を刺し貫く手応えを予期して彼の口角は卑しげに吊り上がる。だが、次の瞬間、槍の穂先にかかった強烈な力に姿勢を崩していたのは彼のほうだった。
「何っ……」
目を剥いた彼の眼前には、上下逆さになった少女の身体があ

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日刊ほぼ暴力#179

「ウウウゥォォォッ!」
その小汚い少年は、尚も無事なほうの脚でアスファルトを蹴り、彼の喉笛を目掛け飛びかかった。彼はその額を真っ向から片手で押さえつけて止めた。少年の両腕は肘の辺りから捻れ、ボロボロの棒きれのようにだらりと下がっていた。千切れた片足の膝から火花を散らし、もう片足を濡れた路面に突っ張って、少年は闇雲に彼の手を押し返そうとする。その力は意外なほど強く、彼は力をこめた腕の肘関節の角度をぴ

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日刊ほぼ暴力#178

「おうおう、何の用だ嬢ちゃん。ここは女一人で来るような場所じゃないぜ」
「その通り、ここいらはおっそろしい盗賊団が仕切ってるって噂だ」
「何でも女子供をとっ捕まえて、山向こうの国に売っぱらうんだとか……ゲヒヒヒ! こんな風になああああ!」
下卑た笑みの男たちによって取り囲まれ、退路を塞がれた彼女の背後から3人の男が襲いかかる。下っ端とはいえ、各々が丸太のような腕をした屈強な男たちだ。次の瞬間には、

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日刊ほぼ暴力#177

灼熱に燃える少女の掌に掴まれた途端、白刃は瞬く間にドロドロと溶解した。
「な……っ!?」
間一髪で飛びすさり、素早く伸びてきたもう一方の掌に腕を掴まれるのを危うく回避した彼は、鍔から先が失われた己の刀を呆然と見下ろした。液体化した鋼が眩い光を放ちながらポタポタと滴り落ち、急速に冷えて黒く地にこびりつく。しかし、刀身が溶けたといえど、刀を振り下ろした勢いまでが消えたわけではない。輝く超高温の飛沫が、

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日刊ほぼ暴力#176

「や、やえへうあはい、ひ、いおひあへあぁぁ」
「“やめてください、命だけは?” 聞き取りやすさに配慮してのテンプレ台詞っスか? 助かります」
虫のように仰向けにされて無様に転がる男の顔面をネオンカラーのスニーカーで踏みにじり、彼女は至極退屈そうな顔で淡々と呟いた。高校生と名乗っていたが、今一つ年齢の判然としにくい、のっぺりとした顔の若い女である。安っぽいエプロンのポケットに片手を突っ込み、もう一方

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日刊ほぼ暴力#175

打ち込んだ拳は易々とかわされ、同時に相対する敵の姿がふっと見えなくなった。と思うやいなや、殺意が質量を持ったかのごとき重々しい拳が、次の瞬間少年の腹に真っ向から突き刺さった。
「……っ!!」
声もなく少年は身体をくの字に折った。視界が霞み、何も分からなくなる。喉奥から金臭いものがせり上がり、たまらず嘔吐いた。崩れ落ちようとする少年の襟首を、獲物に食らいつく蛇のように伸びた敵の手が掴み、凄まじい力で

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日刊ほぼ暴力#174

「グハハハハハハ! 潰し甲斐のある蟻どもがうじゃうじゃとおるわ!」
眼下に押し寄せる敵の軍勢を視界に入れるやいなや、赤毛の巨漢は愉快でたまらぬといったように哄笑した。その肩には樽のような大槌を無造作に担いでいる。
「わ、わ、我々の成すべき事は、て、敵の殲滅ではない……暴れすぎて、も、目的を見失うなよ」
その横からじっとりと暗い声音で忠告を添えるのは、魔術師めいた帽子と長すぎる襟の中にすっぽりと顔を

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日刊ほぼ暴力#173

「警告を無視するならば、撃つ!」
彼は背に脂汗が滲むのを自覚しながら再度呼びかけた。やはりその剣士は止まらなかった。ゆっくりと歩を進めながら、両腰に提げられた剣の柄に交差した両手を掛けた。彼は呼吸を止め、そして撃った。一発、二発三発。果たして、硬い金属音だけが静かな通路に響き渡った。弾き逸らされた弾丸が立て続けにコンクリートの壁を穿つ。同時にその剣士は前に踏み込んでいた。地面が突然縮んだかのように

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日刊ほぼ暴力#172

僕は誰かの手を引いて、足元のぬかるんだ暗く細い道を走っている。そこはやがて深い山の中だと分かる。道はやや傾斜して下っている。左右には岩の柱のようにびくともしない木々の群れが闇を湛えている。空は蓋をされたように息苦しい暗黒だった。
「帰ろうよ」
涙声の、やや苛立っている抑えた声が背後でする。僕はその手を引いたまま走り続ける。それが誰なのかは分からない。しかし絶対に見捨てて逃げてはならないと、それだけ

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日刊ほぼ暴力#171

その男とは5年ぶりに会った。やはり見慣れた同じ席に、骨張った長身を窮屈そうに折り畳んで座っていた。俺はカウンターの端の懐かしい定位置ではなく、ずかずかとその男に寄っていくとすぐ隣に腰掛けた。マスターがちらりと視線を寄越したが何も言わなかった。男はグラスをゆっくりと置き、横目でこちらを見た。相も変わらず蛇そのものの鋭い目だった。瞳孔が縦長でないのが不思議なほどの。男は俺の義足を瞬時に見て取ると、掠れ

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日刊ほぼ暴力#170

「着いたぞ。ここから登るんだ」
仲間の声を聞いて、少年は立ち止まった。同時にパラパラと細かい礫がヘルメットに当たった。それからやや大きい、小石程度の大きさの瓦礫が数個。少年は首をすくめ、ヘルメットとゴーグルがしっかり頭に固定されているのを確かめると、恐る恐る顔を上げていった。彼らの眼前には、降り注いだ瓦礫の集積と、それらが強力に引き合う磁力のような謎めいた力によって形作られた、歪な塔が雲をついて聳

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日刊ほぼ暴力#169

「見ないほうがいい」
彼の顔を見るなりそう囁いた《新聞屋》の男の横をすり抜けて、彼は中に入った。室内は路上と同じくらい冷え切っていた。冷めてじっとりとした空気の臭いの中に、彼は嗅ぎなれた香水の香りをわずかに嗅いだ。敷物も何もない薄い板張りの床の上に、博物館のショウケースの中に並べられた遺物か何かのように、寸断された有機物のパーツが、小さい順に左から並べられていた。一番左には曲がった小指の先。左右ど

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日刊ほぼ暴力#168

殆ど飛び乗るようにして屋上の手摺の上に立ち、不安定な姿勢のまま振り返った。獣の姿はすぐそこにあった。彼の必死の逃走を嘲笑うかのように、変わらぬ距離をぴったりとつけてきていた。黒く燃え盛る炎のような不定形の身体が、チリチリと周囲の空間を焦がしている。二つの瞳だけが空洞のように白い。その目が束の間彼の目と合った。空洞の奥底に、彼は己の死の運命だけを見た。飛ぶしかない、と彼は思った。その判断が正しかった

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