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2019年5月の記事一覧
日刊ほぼ暴力#151
鮮やかな朱に金の縁取り、踝まで届く衣装の裾が軽やかに翻るたび、眩いほど白いしなやかな脚が覗く。踊り子は舞台上で舞い踊りながら、周囲を埋める酔客たちの視線に惜しみなく秋波を送り返す。喝采、そしてまた喝采。彼女の相棒である楽師は、ますます速く、ますます豊かに弦をかき鳴らし、賑やかな酒場の熱気に華やかなうねりをもたらす。外では月も高く昇りつめる刻限、いよいよ最高潮の盛り上がりを迎えようかという酒場の片隅
もっとみる日刊ほぼ暴力#150
コインによく似た真円の月が夜闇を照らしていた。彼女は骨董品じみたリボルバーを弄び、空っぽの弾倉を無意味に回転させていた。元は白かったはずの彼女のスニーカーはじっとりと黒ずんでいる。大股に狭い路地を歩きながら、彼女は鼻歌を歌っている。時が止まったような深更。工場地帯の方角の黄ばみがかった空を背に、電波塔の赤いランプだけが愚直に明滅を繰り返し、存在を主張している。その光を煩がるように彼女は目を細めなが
もっとみる日刊ほぼ暴力#149
「どっちがいい。右か、左か」
鋭く光る刃の先端が俺の眼球すれすれに突きつけられ、左右にゆっくりと往復する。瞬きすれば目蓋が切れそうなほどの距離だ。俺の首は念入りに拘束具で固定されていたが、しかしそんな物がなくとも微動だにすることはできなかっただろう。口の中が渇き、喉がヒリヒリとする。唾を飲み下したいが、その程度の動きさえ恐ろしい。滝のような汗が全身を流れ落ちている。体中の水分という水分が逃げ出そう
日刊ほぼ暴力#148
続けざまに放った三発の銃弾は、コンクリートの柱にむなしく突き刺さった。引き金を引く瞬間には確かにそこにいたはずの男は、瞬きすらしなかった俺の目の前で、全く何の前触れもなしに消えた。俺は銃を構えたまま息を止め、耳を澄ませた。狭い地下の空間に今の銃声が反響してまだ残っている。
す、と微かな、ほんの微かな風が俺の耳朶に触れた。ここに風など吹くわけがない。出入口は全て封鎖してきた。扉が開閉した音もしていな
日刊ほぼ暴力#147
僕はこんな空気が好きなのだ。真っ白い日光が人という人を焼き殺すような強さで降り注ぐ午前を過ぎて、いつの間にか1日の為すべきことをあらかたいつも通りに為し終えた自分に気がつく頃、空の青色はいつの間にかやんわりと黄ばんでいて、あれほど燃えていた空気も生ぬるい水のように変わっている。その水が手足の隅々まで浸透していって、何となく痺れるような、安心感、脱力感、それから漠然とした覚束なさを感じた。夢遊病者の
もっとみる日刊ほぼ暴力#146
血走った両目が間近に見えた、次の瞬間、強烈な頭突きが額にぶち当たった。衝撃が頭蓋骨に浸透し、脳が揺れる。視覚が途切れ、世界が回転する。背中から地面に倒れこみ、指で必死に土を掴んだ。粘ついた生ぬるい感触が眉間を伝わっていった。警報音のような耳鳴り、鉄の臭い、そして割れるような痛み。加えて俺自身のではない汗の臭いと、燃え立つような怒りの熱とが、息詰まるほど近くで膨れ上がる。重く腫れた目蓋を無理矢理にこ
もっとみる日刊ほぼ暴力#145
「止まれ、と言ったのが聞こえなかったのか」
魔女は帽子の広い鍔を杖の頭で押し上げ、猛禽に似た黄金色の眼を眇めた。警邏隊の面々が掲げ持つランタンの黄ばんだ光の中に、その小柄な身体を包む深紅のマントが血のような鮮やかさで滲んでいる。彼女は武装した男たちを前に臆した様子もなく、それでいて激しく殺気立った気配もない。落ち着いた、しかし油断も感じられない物腰は、彼女がこのような事態に慣れている類の人間である
日刊ほぼ暴力#144
「だけど、心配いらないんだ。あたしは失敗しない。それはもうわかりきってる」
廃材を継ぎ接ぎして組み立てたドールのような、傷痕だらけの端正な肢体。《楽天家》は細い腰を撞球台にかけて、長い脚を組み、白い指でダーツの矢を弄んでいる。
「じゃあ、今それを的に当てられる?」
椅子の上に膝を抱えて俯き、重たい金色の前髪越しに《調律師》が陰気臭く訊ねかける。彼女はヤニの臭いが染み付いたぶかぶかのネグリジェに身を
日刊ほぼ暴力#143
横殴りに叩きつける潮臭い風。新月、星もない夜。バケモノの胃に放り込まれたように暗く蒸し暑かった。見えない海が絶え間なく咆哮を上げている。その響きが200メートルの空間を渡って俺達の胃の底を揺らす。海上に迫り出した屋上の縁で、俺はある男の喉頸を鷲掴みにしている。男は欄干に背を押し付けられて海老反りになり、縛られた両足はほとんど屋上の足場から浮いている。俺が手を離せば、頭の重みで真っ逆様に海面へと落下
もっとみる日刊ほぼ暴力#142
危ない、と僕は叫ぼうとしたが、次の瞬間血飛沫を上げて飛んだのは襲撃者の頭の方だった。振り向きざまに伸びた彼女のしなやかな脚が空気を切り裂く音を立てて回転し、その踵から生えた長い剃刀のような刃が宙に銀色の弧を描いた。襲撃者の頭は上顎から上を綺麗に失って、その美しいほど水平な断面に下顎の歯が並んでいるのが見えた。彼女が蹴り脚を畳むよりも早く、その背後からまたしても襲いかかる敵があった。僕の方からその姿
もっとみる日刊ほぼ暴力#141
温かい獣の舌が彼女の頬を舐める。ヤスリのようにざらざらと、舌は皮膚を削り、削ぎ落とし、露出した肉を夥しい涎が膜のように被っていく。彼女は眠りから目覚めた。石の棺の中で。変わり果てた顔の左半分が焼け爛れたように冷たい。獣は舌をしまい込み、口を開いたままで、ふいごのような息を傷ついた頬に吐きかける。間近に迫るその顔を窺おうと瞳を動かすこともせず、彼女は横たわったまま遠い天井を静かに見つめ続けた。獣の前
もっとみる日刊ほぼ暴力#140
ずらりと天井からぶら下がっているのは見たこともない動物の死骸だった。よく豚などがそうなっているように皮を剥がれ、腹を開かれ、脚にフックをかけて吊り下げられているらしきことは分かる。しかし、あの突起が脚だとするなら数が多すぎる。首と思しき部分が切り落とされているが、その断面も異様だ。ボコボコと肉が泡立ち、所々ひも状の、枝分かれした触手のような何かが垂れ下がっている。その他にも、腹から球状の妙な器官が
もっとみる日刊ほぼ暴力#139
山札はもうなかった。俺は無造作に手札を投げ出した。どっと周囲が沸いた。そのどよめきが酔ったように頭のまわりを回った。突然平衡感覚が抜け落ちたようになり、俺は痺れて冷たい手足を必死に卓と床へ突っ張って、椅子から滑り落ちないようにしなければならなかった。
「最後の一発。テメエの負けだ」
俺はノロノロと顔を上げた。銃口はもう俺の額に向けられていた。奴はもう笑っていない。代わりに周囲を取り巻くギャラリーが
日刊ほぼ暴力#138
空を覆った灰色の雲が地平線のあたりでだけ途切れているので、そこから覗く低い太陽の真っ黄色い光が樹木の緑をこの上なく鮮やかに色づけていた。細かい弾痕に抉られたアスファルトの上はざらざらと白い粉塵にまみれていた。この2日間そこには一台の戦車も通らなかった。静寂だけがあった。彼らにとって生まれて初めて耳にする静寂だった。
「だからラジオで言ってたんだって。もう戦いは終わりなんだって」
「どうして? 私た