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2019年4月の記事一覧
日刊ほぼ暴力#120
昔からヘラヘラした奴だと思っていた。約束の時間に半日も遅刻してきたり、人に借りたゲーム機を踏んでブッ壊したり、首輪つけた猫をバイクで轢いちまった時も、
「わざとじゃねぇんだって」
奴は何が可笑しいのか、半笑いのままそう何度も繰り返すだけで決して謝ることはなかった。何をしていても、何をやらかしても、いつも変わらず楽しそうにしている奴だった。奴を嫌悪している人間は幾らでもいる。憎悪している人間もそれな
日刊ほぼ暴力#119
「君とはいい友達になれると思ったのに」
彼女はそう言って、本当に悲しそうな目をした。僕は弁明したかったけれど、何も答えることはできなかった。教室の中に満ちる橙の夕陽の色が、文字通り僕の喉を塞いでいた。三十数人ぶんの机と椅子がぷかぷかと宙に漂う合間で、僕は必死に両手足をばたつかせてもがいている。視界の中にあるもの全て、彼女の整った顔立ちも、制服のシャツもスカートも橙色に染まって、ぐにゃりと歪んでは揺
日刊ほぼ暴力#118
そう悪い子にしていると、サーカスがお前をさらいにくるよ。この町の子供なら、みんながその言葉を知っている。母親に、父親に、祖父母に、近所の年寄りや店先の娘たちに、子供たちは何度もその言葉を聞かされたことがある。しかし子供たちはサーカスというのが何のことなのかわからない。なぜならこの町にサーカスが最後に来たのは50年も前だから。子供たちは見たことのないサーカスについて、大人たちの口から切れ切れに伝わっ
もっとみる日刊ほぼ暴力#117
最後のホックを外すと、ドレスの赤い布はさらさらと私の身体を流れて足元に落ちる。露わになった背中の長い傷痕が彼の目に晒された。彼はベッドに腰掛け、煙草をふかしながら視線だけをこちらにやっていた。取り立てて反応は示さなかった。
「驚かないのね」
「大したことじゃない。むしろ美しいよ」
月並みな、数え切れぬほど聞いた言葉。私の心も動かない。私は姿見を見つめたまま、奥歯を舌で探る。精巧な義歯の一本、その中
日刊ほぼ暴力#116
「手を上げろ」
背後から届いた聞き覚えのある声に、俺は素直に従った。その嘲笑を含んだ声を聞けば、振り返らずともそこに立っている男の歪んだ薄い唇と、その顔の半分を覆うひきつれた傷痕までが目の前に浮かぶようだ。気配はそいつの他に2つあった。3つの銃口が俺の背に突きつけられている。俺が肩に回していた手が離れるやいなや、ここまで俺を導いて来た女はするりと傍らを離れ、射線を外れた位置に退いていた。
「よもや
日刊ほぼ暴力#115
臍に指を差し込んで、力任せに腹を裂く。温かい臓物が零れだし、白い死体は瞬く間に目も覚めるような赤色に彩られる。めりめりと指にまとわりついた血と脂をしゃぶりながら、彼女はふと振り返る。その目は不安げに、誰かを探すように泳いでいる。こんな事をしているといつも彼女を叱った人間がいた。彼女の記憶力は悪かったが、その叱る声音の低い、何かを悲しんでいるような響きだけは朧気に憶えていた。しかし彼女の記憶力は悪い
もっとみる日刊ほぼ暴力#114
地滑りの後のように、山はかつての姿を大きく崩していた。深々と抉れた土の底はどろどろと湿り、引き倒された木々の根が苦しみもがく手のようにその合間から突き出ている。嵐の吹き荒れたような破壊をこの地にもたらした存在は、今や長大な身体を潰れた山の稜線に沿わせて横たえ、巌のように動かなくなっていた。ただひとりその正面に立つ彼女は、何一つ恐れるものなど無いかのごとくそれの顔を見上げていた。と言っても彼女の目に
もっとみる日刊ほぼ暴力#113
「お兄ちゃん、降ろして! 先に行って!」
「黙ってろ、いいから掴まれ!」
怒鳴り返した拍子に粉塵混じりの熱風を吸い込んでしまい、僕は激しく咳き込んだ。鼻が腐りそうな悪臭がする。口の中に苦い味が広がって、肺と喉が焼けるようだ。よろめきながら背に負ぶった妹を揺すり上げ、しっかりと体重を支える。妹の足首が僕の腰のあたりで力なく揺れている。傷だらけの足の爪は殆ど剥がれており、炎の照り返しで赤く染まった視界
日刊ほぼ暴力#112
空色の鳩が今朝は鳴かなかった。ひとりでに目が覚めた明け方、僕は何度もこっそりと寝室の窓硝子を開けたり閉めたりして外を覗いてみたけれど、しんとした庭の草木の向こう、いつもは開いている彼女の部屋の窓はカーテンさえ下ろして静まり返っていて、日がすっかり昇ってしまうまで見つめていても、とうとうびくともすることはなった。
朝食の最中も僕はそのことが頭から離れなかったけれども、うっかり口にでも出そうものなら母
日刊ほぼ暴力#111
昨晩から降り続いている霧のような雨は、夜の明ける頃合いになってもまだ止まなかった。彼の腕を伝う水滴は、その表面にこびりついた血と錆とを洗い落とすには弱々しく、ただ赤色を滲ませて汚れた線を引いた。
彼が自分のねぐらに帰り着く寸前、少女はその窓際でうつらうつらとしていたが、庭の廃材を踏んで近づいてくる彼の独特の軋るような足音を聞いてすぐに目を覚ました。彼が半ば腐りかけの扉を開いた時、少女はもうその目の
日刊ほぼ暴力#110
空はまだ明るく紅の色を留めていた。明かりの点き始めた歓楽街から遠い人声が聞こえた。僕はそれに耳を澄ませながら、まだ荒い息をなんとか鎮めようとした。悪臭のする路地は、宵の色の漂う町から切り離されたように、一足早くすっかりと闇に沈んでいた。ライターを擦る音を聞いた気がして振り返ると、闇の中にぽつりと、先輩の吸うタバコの火が浮いていた。先輩は息ひとつ乱さず実に冷静な様子で、ゆっくりと長く煙を吐き出した。
もっとみる日刊ほぼ暴力#109
駅の長いベンチの端と端に、その女と少年は離れて座っていた。ホームには他に数人がいたが、皆バラバラに離れてどこか気の抜けたように立ち尽くしていた。柔らかい陽光を遮る屋根の下、直線で仕切られた陰の内側にひっそりと停止している彼らの姿は、まばらに配置された冷たい駒のようだった。電車はまだ来そうになかった。少年は先程から横目で幾度もその女をうかがっていた。人が詰めれば5、6人は座れそうな間を開けて、女は少
もっとみる日刊ほぼ暴力#108
扉を蹴り開けて男が中に入っていった時、少女は部屋の中心に座り込み、彼のほうに背を向けて俯いていた。この寒いのになぜか裸足になっていて、与えてやった靴をどうしたのかと目で探すと、部屋の隅に無造作に転がされていた。
「何をしてるんだい」
男が声をかけながら近付いていくと、少女はやっと顔を上げ振り返った。長い睫毛に縁取られた黒く大きな瞳が、染みだらけの作業着を着た男の姿と、男の背負っている死体とを交互に
日刊ほぼ暴力#107
トンネルの入り口、汚水に湿るアスファルトの上に、人体の一部と思しきものが転がっているのを発見した。近寄ってあらためると確かにそれは人間の右膝から下の部分だった。裸足で、衣服の切れ端も装飾品も身につけていなかった。断面は力任せに引きちぎられたようにずたずたになっており、骨が肉から僅かに飛び出していた。乾ききっていないところを見るに、まだ千切れてからそれほど時間が経っていない。血痕はトンネルの奥へと続
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