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日刊ほぼ暴力

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・毎日更新。・400字以上。・暴力重点。・文章を書くこと、特に継続して書くことの練習としてやっています。
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2019年3月の記事一覧

日刊ほぼ暴力#90

静かにグラスをカウンターに置いて彼は立ち上がった。酒場中の全ての視線が、彼とその周囲を取り囲む者たちに注がれていた。改造された巨大な口から酒臭い息をシュウシュウと吐いて笑う者、両手の鋭い鉤爪を擦り合わせる者、鞭で床を叩く馬頭の者、丸太めいた腕の筋肉を見せつけるように腕を組み、三つの目をギョロギョロと動かしている者。敵対者たちの威嚇的態度にはまるで関心を示さぬかのように、彼は顎を上げ、どこかに耳を澄

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日刊ほぼ暴力#89

衝撃とともに、聴覚と視界の右半分が弾け飛んだ。青色の循環液が散って壁に円弧を描いた。顔を庇った右腕の肘から先が硬い音を立てて床に転がった。斧は半ばまで彼の顔面に突き刺さっていた。それでも、彼は痛みを感じず、躊躇うことも知らなかった。彼は無事なほうの左手で、斧の柄を握る父親の手を掴んだ。そして、もぎ離そうとするのではなく、反対に自分の方へその手を引き寄せた。父は抵抗し、彼の顔に埋まった斧を抜こうとし

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日刊ほぼ暴力#88

そして次の瞬間、ありとあらゆる音が消えた。一瞬、自分が死んでしまったのかと勘違いしたほどだった。けれどすぐに私は、前方から漂ってくる異様な、痛みを感じるほどの寒気を感じた。恐る恐る目を開くと、景色は一変していた。あの怪物は空に静止したままだった。いや、よく見れば、その全身が地上のあちこちから伸びる槍のようなものに貫かれ、動きを完全に封じられているようだった。槍の出所のひとつは、私にも見える位置にあ

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日刊ほぼ暴力#87

「あれは何? 渡り鳥?」
少女は姉の腕を引き、灰の降り続く空を指差した。街の焼け跡の方角から、無数の小さな影が寄り集まった群れが、宙を突っ切って彼女らの丘の方へと近づいていた。その羽根は羽ばたかず、まるで平面上を滑っているかのように動いていた。奇妙な音が徐々に大きくなってきた。鳥というよりは、虫の羽音のような。
「おまえは地下に入りなさい」
姉は草むらから立ち上がり、優しい、しかし有無を言わさぬ調

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日刊ほぼ暴力#86

ハイヒールはいつの間にか両足とも脱げていた。ストッキングは破れ、傷ついた素足に雨水が沁みる。息苦しいほどの豪雨だった。自分の息遣いも、背後から迫っているであろう足音も、滝のような雨音にかき消されて聞こえない。彼女はひたすらに走りつづけながら必死に目を凝らした。白く霞む周囲の景色には誰一人の人影も映らない。もうとっくに街の中心部にたどり着いているはずなのに。
「どうしてっ……どうして誰もいないのっ!

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日刊ほぼ暴力#85

同時に血溜まりを蹴立て、走る波紋よりも早く、両者は激突した。剣戟とともに火花が散り、竹林の闇が一瞬間ひび割れる。互いの顔を目に焼き付ける間もなく、両者は再び距離をとった。月は雲に隠れ、足元も見えぬ暗さ。彼の右足は死体の背を踏んだ。敵の足音が僅かに滑るのを彼は聞いた。血に濡れた葉を踏んだか。敵の体勢が戻る前に彼は踏み込もうとした。が、寸前で身を引き、土を転がるように避けた。直後、彼の首があった場所を

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日刊ほぼ暴力#84

もう誰も口をきく者はいなかった。緊迫した人々の息遣いと抑えきれぬ啜り泣きの声だけが走行音の合間に聞こえた。中でも最前列に座る女の嗚咽が耳に障った。彼はうろうろと通路を歩き回っていたが、その女の前に来た時、突然銃を持っていないほうの手で彼女の頭髪を鷲掴みにし、勢いをつけて顔面に膝蹴りを叩きつけた。誰も止めに入る間もなかった。
「うるせえんだよ、さっきからよ」
彼は威嚇的に低く吐き捨てたが、その興奮が

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日刊ほぼ暴力#83

遥かに高い天井と床を繋ぐ無数の柱の列。天井近くの窓から差す黄金色の光は凍りついたように、柱の間に張り巡らされた細い糸を光らせている。古い絵画のひび割れのように動かぬその白い線は、宙に静止するいくつかの塊に繋がっている。糸に絡め取られ、身を守っていた鎧を砕かれ、それらは今や物言わぬ果実のようにぶら下がっている。やがては腐り落ち、床に折り重なった白骨の山の一部になる。それらは贄である。彼女の父に、ある

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日刊ほぼ暴力#82

ぼろきれのような死骸を踏んだ。靴底が内臓を潰した感覚を振り切るように彼は足早に歩き続けた。悲鳴のような泣き声が焦げ臭い風に乗って耳に届く。感情が頭に昇ってくる前に、喉のあたりで締め上げる。絞り上げ、縄のように捻り上げていく。強く、切れないように、強く……
前方に生きている人影が見えた。黒いローブに身を包んだ3人がこちらに背を向け、崩れ落ちた家の前に両手を上げて跪く1人を囲んでいる。
「し、知りませ

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日刊ほぼ暴力#81

「あー……あのう、どうかされましたか」
遠慮がちに声をかけられ、おれはうずくまったままゆっくりと振り向いた。街灯の光の輪の下、やけにこちらから距離を取って突っ立ったまま男性がこちらを見ていた。警戒しているせいかと一瞬思ったが、いや、逆か、と思い直した。こちらを脅かさぬようにわざと離れているのだ。自分の今の姿は女子中学生に見えているはずで、しかもここは人気のない夜道だから。善良な人間なのだろう、と思

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日刊ほぼ暴力#80

「あァ!? もう一度言ってみろやゴラァ!」
怒鳴り声が響き渡り、店内の空気が張り詰める。私はエプロンの前で手を重ねたまま深々と頭を下げた。
「申し訳ございません。お客様の知能に合わせて簡略に言い換えさせていただきます。当店では店内での暴力行為を一切認めておりません。恐れ入りますが速やかにあちらの出口からお帰り願います。それとも、つまみ出されるほうがお好みですか?」
「ッ! ナメやがって――」
易々

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日刊ほぼ暴力#79

『やばい』『すぐ来て』『今どこ』
それだけの文字を打つのにひどく時間がかかった。彼は何とかメッセージを送信し終えると、震える手でお守りのようにスマホを握りしめ、横倒しになった廃車の裏で身を縮めていた。狂ったような強い日射しが脳天を真上からじりじりと熱し、激しく暴れる鼓動に合わせて頭痛が脈打ちはじめた。
ゴォン、とどこかで硬い物がぶつかる音が響き、彼は息を止めて硬直した。同じような音は何度も繰り返さ

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日刊ほぼ暴力#78

その夜も彼はいつものように、会社帰りの萎んだ肩を揺らしながらその道を通った。片手に提げたスーパーのビニール袋の中には6枚切の食パン1袋だけが入っていた。彼の家では、平日の朝食はご飯と味噌汁、週末はトーストと決まっていた。食材の買い出しは主に彼の妻の役目だったが、駅前のスーパーで買ったほうが安い物は、彼が帰り際に買って帰る決まりになっていた。だから金曜の夜は必ず、彼は食パンの入ったビニール袋を提げて

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日刊ほぼ暴力#77

お姉さま、と呼ぶと、西日の射す窓辺にぬばたまの影が揺れ、小さなかんばせが、私のほうを振り返ってにこりと笑いました。紅の光がその横顔を強く強く染めていて、まるで燃えているようでした。美しい立ち姿が、火のついた紙のように、めらめらと黒く焼け落ちて消えてしまう、そんな想像がふと胸を凍らせ、私は急ぎ足に図書室を横切り、お姉さまのそばへ行きました。電気のついていない図書室の中は濃い陰と紅に二分され、長い机の

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