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日刊ほぼ暴力

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・毎日更新。・400字以上。・暴力重点。・文章を書くこと、特に継続して書くことの練習としてやっています。
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2019年2月の記事一覧

日刊ほぼ暴力#59

後頭部を掴み、一切の手加減なく叩きつける。みしり、とガラスにひびが入る。勢いよく後ろに引いて、もう一度叩きつける。ひびが大きくなる。大量の鼻血が筋を引いて流れ落ちる。許してください、というようなことをそいつは言った。鼻が完全に潰れ、前歯もなくなっているので非常に聞き取りづらい。聞こえなかったことにして、俺はもう一度重たい右肩をスイングした。今度こそそいつの顔面はガラスを突き破り、けたたましい音を立

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日刊ほぼ暴力#58

彼女は新鮮な生首を傾けて、とろとろと滑らかな血を銀の器に流しこむ。私は彼女の足首の傍らに跪き、漂いおりてくる血液と花の芳香を味わう。花は窓辺に生けられている。花瓶の代わりに逆さの髑髏。髑髏の両目にはルビー。ひんやりとした月光が、絨毯の上に横たわる首なしの男を冷ましていく。彼女は器を揺らし、赤色の波紋を見つめている。のしかかる夜の重みに長い睫毛は伏せられ、肌の輪郭はしっとりと柔らかい。頬から顎、喉か

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日刊ほぼ暴力#57

一撃。一撃でも当てれば殺せる。なのになぜ届かない。突き出したナイフはまたしても相手のナイフに止められた。俺の血がこびりついた、ギザギザにこぼれた鋸のような刃だ。その向こう10センチの所に奴の顔がある。冷静な目。焦りの色ひとつもない。俺は歯を食いしばり、全力を込めてナイフを押した。力を振り絞るほどに全身の傷が開き、脈動に合わせて痛みが燃え上がった。それでも奴は涼しい表情のままだった。刃先は奴の眼前1

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日刊ほぼ暴力#56

「殺せ!」「殺せ!」「魔女の首を刎ねろ!」
氷の城の扉は破られ、鎧に身をつつんだ兵士たちが鬨の声をあげてなだれこみました。しかし、最前列の兵士が冷たい氷の床を十歩も踏まぬうちに、その足は止まりました。凍りついた靴底が床に張りつき、動かすことができなくなったのです。「泥の森」を抜けてここまでやってきた兵士たちの脚は、膝のあたりまでぐっしょりと湿っていました。白い霜が靴底から膝へとみるみる這い上るよう

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日刊ほぼ暴力#55

逃げろ。逃げろ。部屋の中に駆け込み、扉を閉め鍵をかけ、机を引き摺って塞ぎ、さらに椅子を積み上げてバリケードを作る。窓枠に飛びつき、下を見る。ここは二階の高さ、地面は土。降り続く雨にぬかるんでいる。背後で扉を蹴る音がして、心臓が跳ね上がった。窓を押し上げようとする。手が滑り、うまくいかない。ガン、ガンと扉が揺れ、バリケードの椅子がひとつ転がり落ちた。麻痺したような指に渾身の力をこめ、錆び付いた窓をじ

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日刊ほぼ暴力#54

銃弾は彼の眼前1センチメートルの空中に静止していた。彼は指先ひとつ動かしてはいなかった。ポケットに手を突っ込んだままの姿勢で、彼は冷笑ですらない穏やかな笑みを浮かべ私を見下ろしていた。
「無駄だって。最初に言ったはずなんだけどな」
落ち着き払った柔らかな声音で彼は言った。その言葉が終わるか終わらぬかのうちに、私は再び引き金を引いた。立て続けに三度。三つの弾丸はやはり彼の体に届くことなく、物理法則を

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日刊ほぼ暴力#53

肌を刺す雨音。大気の臭いが眩しい。よろめいた爪先にビニール袋が絡む。バチバチとネオンサインが火花を散らした。彼の耳にそれは轟音となって響いた。呻きながら彼は自分の左手の甲を歯で噛んだ。何かが彼の中にいる。それが彼を苦しめている。追い出さなければ。出ていけ。出ていけ。犬のように涎を垂らし自分の手にむしゃぶりついている彼を大回りに避けて、道行く人々は俯きながら通り過ぎる。目を合わせないように。早足に。

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日刊ほぼ暴力#52

「じゃんけん、ほい」
私がグー、彼女はチョキだった。彼女はいつも70パーセントくらいの確率で、最初にチョキを出す。自分で気づいているのかどうかは分からない。公平を期すためには言ってあげたほうがいいんだろうか。私はグーばかり出しているのだから、そろそろ気がついてパーを出したっていいのに、彼女はいつも変わらず70パーセントくらいの確率でチョキを出し続ける。
「また、私が人間か。いやだな」
「簡単だから

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日刊ほぼ暴力#51

大振りな一撃をかわし眉間を軽く小突いてやると、そいつは目潰しされたとでも勘違いしたのか、大袈裟な悲鳴を上げて目を閉じ仰け反った。その首を片手で掴み、壁に叩きつける。がんっ、と頭蓋骨がコンクリートに激しくぶつかる音が反響する。
「誰がお前に命じた?」
威圧的に問う。そいつは恐怖に顔を白くしながら首を左右にかくかくと振った。俺は捻るように力を込め、首を絞め上げた。白かった顔が赤黒く鬱血し、バタバタと暴

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日刊ほぼ暴力#50

血の色に錆びた鉈を振り上げ、ズタズタに裂けたエプロン姿の男が立ちふさがる。怒りと苛立ちに任せ、走る速度も落とさぬまま、その腹に刀身を叩きつける。一刀両断。内臓をこぼしながら滑り落ちる上半身の横をすり抜け、更に走る。あと100メートルほど前方。狙うはうずくまる黒いワンピースの少女。その喉から甲高い叫びが漏れる。
「い、いやだ……! 守って!」
俺の眼前に、新たな人影が3つ立ちふさがった。いずれも大柄

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日刊ほぼ暴力#49

うなじの毛がそそけだつような感覚を覚え、俺は振り向きざま飛びかかってきた犬の顎を蹴り上げた。爪先が腐肉に突き刺さり、犬の首は簡単にもげた。すかすかになった肉の断面を晒す体がどさりと落ちる。血と蛆のこびりついた靴をその傍らのアスファルトにこすり付ける。と、すぐ耳元で銃声。死角から迫っていたらしいもう一匹がもんどり打って倒れる。銃を構えた女警官が俺の視界に割り込み何かを言った。耳が今の銃声でやられてお

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日刊ほぼ暴力#48

角を全速力で曲がった直後ぬかるみに足をとられ、俺は面白いほどの勢いでスッ転んだ。派手な汚水飛沫が上がる。鼻の曲がるような臭い。えずきながら振り返ると、そいつの巨体が角を曲がりきれず轟音を立てて壁に衝突したところだった。ミシミシと空間全体が軋む音が響く。崩れてくるんじゃないだろうな。あれに食われるのと、圧死するのと、どちらがマシだろう。考えないほうがいいな。俺はよろよろと立ち上がって後ずさりながら、

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日刊ほぼ暴力#47

渾身の力で振り下ろした手斧は敵の腐った頭を斜めに割り砕き、中途で埋まって抜けなくなった。血でぬるぬると滑る柄を手放し、彼は倒れかかってくる死体の腹を蹴り飛ばす。左後方から更に気配。背後のデスクの上を右手で探り、細長い物を掴むと振り向きざま力任せに振り下ろす。敵の眼窩に深々と突き刺さったのはドライバーだった。嫌な手応えを感じながら根元まで抉り込み、突き飛ばす。その背中に冷たい手が触れる。彼は歯を食い

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日刊ほぼ暴力#46

割れた姿見の破片が散った。ざっくりと切れた頬の傷を手の甲で拭い、男は彼女に向き直った。彼女は蹴り足を引き、流れる刃のような視線を男にやった。一瞬の沈黙。窓を叩く静かな灰色の雨音が、暗い書斎にぽつぽつと沈殿していく。
先に動いたのはまたしても彼女だった。目にも止まらぬ速さで跳ね上がる足先が届く範囲から男は瞬時に後退して逃れた。その眼前が、舞い上がった大量の紙片で覆われた。彼女は足元の段ボール箱を蹴り

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