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長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』28

「私は、十三歳の時に留学をして、
トムヤム君民国のカプサ学校
という学び舎で学んできた。

歴史、地理を踏まえた世界情勢から、
国の運営から人事政策に至るまで、
あらゆることを学んできたの。
その自負がある。

ひとえに、ピノグリア大公国を
豊かにするためよ。
貿易を進めて、都市を開発して、
もっともっと豊かにする!
ひいては、あなたたちの国、
ローズシティ連盟も、
合わせて変革していく…。
その第一歩が、兄上とあなたの結婚」

そう言われたココロンは、
改めて馬上のパンナを見た。
駱駝色の髪が風に揺れている。

「…と思っていたんだけどね、
その結婚相手ときたら、
兄上の相手にふさわしいかどうか、
はなはだ疑問だわ。

野球に打ち込んできた、ですって?
それが、国の運営にどう役に立つの?

そもそも野球なんて、
攻撃中にベンチで休める、楽な戦いばかり。
私たちの国では『蹴球』が盛んよ。
攻めも守りも、
刻一刻と変わる状況の中で動いていく。
休む暇などない。

いくらあなたが
野球の二刀流のエースだと言っても、
蹴球の選手の足元にも及ばないわ」

「…!!」

自分のことは、まだ良かった。
しかし、愛する野球を馬鹿にされて、
黙っていられるココロンではない。

野球は、ローズシティ連盟の
国技ともいう存在である。
それを馬鹿にするのは、
国を馬鹿にされることと同じことだ。

かっと、ココロンの頭に血が上った。

「何を偉そうに!
あんたなんかを義理でも妹と呼ぶなんて、
こっちからお断りよ!」

燃えるような瞳で、
パンナをぎらりとにらんだ。
馬上の姫は、ふっと憎々し気な笑顔を見せると、
馬首をひるがえす。
背中越しに振り向き、最後に一声。

「…あなたの、その怒った顔も
見たかったのよ。じゃあね!」

一人残されたココロン。

その背後に、眼鏡をかけた
忠実な家臣が現れた。
怒りの激情で肩を震わせる姫に向かい、
優しく声をかける。

「姫、お気になさいますな。
あの姫は、わざとこちらを怒らせて、
本音を引き出そうとしたのです。
暴れる駱駝に振り回されても、
良いことはありませんぞ」

大きく二回深呼吸をして、
姫は振り向く。
その顔は、いつもの表情に戻っていた。

「…そうじゃな。
あんなに安い挑発に
乗ってしまうところであった。礼を言う」

「野球の投球と同じです。
むきになって投げる球は、
高めに浮いて痛打されます」

「…なあ、イナモン卿」

「はい」

「私が野球を打ち込んできた経験は、
役に立つよな?
無駄では、ないよな?」

イナモンは、一点の曇りもなく、
ココロンに答えた。

「立ちます。間違いなく。
野球を通して、駆け引き、精神修行、
場面を把握する力、敵の心を読む力、
もちろん体力、その他諸々、
人生を生き抜く実力をつけることができる。

そもそも盟王陛下も、
元は優れた野球選手でした。
今は、この国の舵取りをされております」

「あの姫は、野球を侮辱したのじゃ…!
…蹴球のほうが上だ、とな」

「まあ、蹴球には蹴球の良さがありましょう。
どちらが上でどちらが下、
ということもありませぬ。
大事なことは、自分自身なりの良さを活かして、
悪さを改善していくことです。
それは、野球でも蹴球でも、国の舵取りでも、
すべて同じとは思いませんか?」

ココロンは、イナモンの顔を見て、
何度かうなずいた。

「そうじゃな、その通りじゃ。
私はつい、怒りに任せて、
あの駱駝姫に危険球を投げてしまったようじゃ。
…まだまだ、私も未熟者」

「なあに、未熟、けっこうなことでございます。
伸びしろがたくさんある、というものだ。

姫には学んでいただくことが、
西にそびえるマオチャ山脈のように
たくさん積み上がっております。
そのことをはっきり意識させてくれた、
あの姫に感謝なさいませ」

…笑顔を交わし合った二人を、
いつの間にか
館の外に出てきたミシェルが見ていた。

青い作業着を着た女主人は、
二人の様子をじっと見つめている。

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『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
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