長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』38
イナモンは目を見開いて、
ことさらに驚いた表情をつくる。
「クワス市長は、先を見通す力を
お持ちのようだな。
それとも、誰かから聞いたか?」
「…正直に言おう。
そのように俺に進言してきた家臣がいる。
最初は俺も一笑に付していたが、
よくよく聞いてみると
その者だけではなく、街の至る所で
そのような噂がささやかれているらしい。
いや、むろんダマクワスは、
盟王陛下のご指示に従うつもりではある。
だが、何かと心の準備と
いうものがあるのでな…」
イナモンは目の前の
「黒牛市長」を、もう一度観察した。
彼は五大都市の
市長の中でも、最も若い。
先代の父親は、ガリカシス、
アルバボンと組んで「南部連合」を組織し、
首都連合、北の三都市と
野球の試合で対決した。
しかしその試合の裏で、
密かに盟王と手を結び、ダマクワスを
繁栄に導く基礎をつくったのだ。
いわば首都オルドローズの盟王とは
「共犯関係」にあるとも言える。
その後継者であるアキナスも、盟王陛下との
共闘路線は変えないことだろう…。
「ふむ、では、俺も正直に言おう。
ここだけの話にしてもらいたい。
だが、独断で明かすのではないぞ。
盟王陛下からアキナス卿には
伝えるようにと、直々に命じられている」
イナモンも、声をひそめて答えた。
「盟王陛下はな、ココロン姫と
リーブル王子との結婚を通して、
ゆくゆくはピノグリア大公国と
我が国との合併をお考えだ。
その中で、各都市の自治権を
お取り上げになり、
中央の政府に権限を集中させ、
五大都市すべてを直轄地にされるおつもり」
「…! 噂は、誠だったのか!?」
「むろん、盟王陛下は
内乱を望んではおられぬ。
各市長の一族を首都に集めて、
地位を保証し、
重用することを約束される。
これはまだ極秘事項だ。
アキナス卿の心の中だけに
秘めておいてほしい。
家臣から進言されても素知らぬ顔をして、
とぼけておいてくれぬか?」
「わかった。そのような機密を
明かしていただいて、恩に着る。
陛下にもそのように伝えてくれ。
我がダマクワスの将来は、盟王陛下と
首都オルドローズとともにある、と」
「確かに伝えよう。
…だが、陛下は遷都もお考えなのだ。
オルドローズは、旧都になる」
「…モダローズか?
川の向こうに、ピノワールという
街ができていると聞くが?」
「両岸の都市を合併させて、
ピノローズという街をつくる。
そこが新都となる」
アキナスは重々しくうなずきつつ、
内心で考えている。
盟王陛下の計画において、
この前段階から「中央集権」と
「二国合併」の機密を明かして、
ダマクワスとのつながりをつけておくのは、
極めて重要な任務である。
そこで、このオルドローズの大貴族、
腹心のエーワーン・イナモンを
我が都市に派遣したのだろう。
ならば、その期待に応えるまで。
この「眼鏡坊主」は、重要な橋渡し役だ。
軽々には扱えない。だが、そういえば…。
アキナスは、とある疑問に
思い当たって、それを口にした。
「イナモン卿。卿は
ココロン姫の教育係ではないのか?
首都にいなくて良いのか?」
「ああ、この度、配置替えとなった。
今は、このダマクワスに潜れ、
とのご命令さ」
「ほう、元のチャンバ卿が、
姫の教育係にお戻りになったのかな?」
「違う」
イナモンは笑った。
「新進気鋭の若者が、
ココロン姫の横についている。
年は若いが、これ以上ない人選だ。
前任である俺も安心して、
姫のそばを離れられる、というものだな」
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『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか
◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
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