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30年で凍り、固まったキャリア観が、
30年でゆっくりと氷解してきた。

1960年、安保闘争。岸首相、辞任。
ここから日本は
「経済のことは池田にお任せください」
「寛容と忍耐」をとなえる
池田勇人首相の下で
経済大国への道を歩むことになる。

『所得倍増』
そうなればいいなあと思った人は
多かったと思うけれども、
まじめにそうなると思っていた人は
そんなにいなかったのではないか。

しかし、池田首相は大まじめだった。

高度経済成長、ガンガン行こうぜ。
1964年の東京五輪の影響もあってか
日本の経済はテイクオフ。
上昇気流に乗って羽ばたいた。
彼は五輪の閉会式後に辞意を表明し、
翌年、病死した。

うまくいくかに見える
栄光への架け橋。
敗戦を挽回する経済大国への勝ち筋
大部分の国民が、乗った。

一社専従、家庭内分業…。
兼業農家が主流となり
夫は会社へ、妻と義父母は田んぼへの
「三ちゃん農業」が広がった。
田んぼではなく会社が、
中年男性の生涯の居場所に。
こき使われても、寛容と忍耐。
終身雇用の給料を当て込んで
ローンを組み、家を建てる。
それがスタンダード。
そこから外れる転職者は
アウトローかフーテンの寅さんか
「怪しい魔術師」扱いされた。

24時間タタカエマスカ。
バブルの頃には皮肉交じりに
賞賛されたそのキャリア観は、しかし、
1991年からの泡の崩壊とともに
氷解する、かに見えた。

だが、30年かけて固まった氷塊は
すぐには溶けない。

…折りしも不況の波が押し寄せて
「氷河期」と呼ばれたのは
皮肉だった。

イケイケバブルの反動か。
不景気には人間、守りに入る。
組織も、そうだ。
採用数が絞られると活力を失う。
多くの企業では、社員に対し、
それまでのキャリア観を
表面上は変えようとしつつ
内実は硬化させていった
ように思う。
「転職者=裏切者」と
密かにレッテルを貼り…。

「個性の時代」と言われつつ
個性を発揮させる方法も環境も
目端の利く一部の人間を除き
手探りでしかわからなかったのである。

それが私が社会人となった
2000年代あたりの印象だ。
時代を先取りする人もいたが
大部分は、まだ、うずくまっていた。

ただし、氷塊はいつまでも塊ならず。
溶かす熱源も成長する。
それがインターネットであり、SNSだ。

20年、その間に情報網は拡散され
転職・複業は、ようやく
「怪しい人」だけが行う
禁断の魔術ではなくなっていった。

2021年、再び五輪が東京で
開催された。
キャリア観も、だいぶ氷解してきた。

◆1961年~1990年 氷塊の形成
◆1991年~2020年 氷塊の溶解

…となると、2021年からの30年は
新たなキャリア観による塊が
またゆっくりと形成される時代になる。

そこに、少しでも食い込んでいこうと
私はSNSを、LinkedInを始めた。

一社専従から複業を模索すべく。

…読者の皆さんは、いかがでしょうか?
ご自身のキャリア観が
「氷解」したのは、いつですか?

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