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長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』55

4、対等なライバル

ボジョンヌの港を出航した
「花の十八歳三人組」と
「三十三歳の眼鏡坊主」は、
ローズシティ連盟の東と南の海を
ぐるりと回って、
ダマクワスの港へと向かっている。

そこまで小さな船ではない。
四人それぞれに個室を
部屋割りしてもらえるほどの
広さを持った船だった。
彼は、アキナスの好意に感謝していた。
市長からの厳命もあって、
船長以下の船員たちも、
賓客を扱うように彼らに接してくれている。

ぐらりと船が揺れた。
やはり外海に出ると波も出てくるようである。

イナモンは、改めて
この三人組について考えた。
出身も身長も気質も、まるで違う三人である。

ドグリン・ココロン。
盟王の末子にて、黒色の長い髪、
長身の「優等生」の姫。
シャー・パンナ。
大公の末子にて、駱駝色の短い髪、
小柄で「破天荒」な姫。
トゥモ・ロッカ。
奴隷出身、黄色のおさげ髪、
バラ姉弟の元小間使いで、姫の教育係。

共通することはいずれも十八歳で女性、
ということぐらいだ。
ココロンとパンナは何かにつけて
いがみ合い、張り合っており、
それをロッカが仲裁する。
そんな構図ができていた。

板挟みになってしまうロッカには
「悪いな」と言ったものの、
イナモンは内心で、決してこの構図を
悪いものとは思っていない。

なぜなら彼は長いこと、ココロンには
「対等に張り合えるライバル」
が必要である、と思っていたからだ。

イナモンはチャンバの後を継ぎ、
ココロンの教育係を三年近く勤めてきた。
そのため、いかにココロンが
「優等生」で「模範的なキャプテン」
だったのかを知っている。

文武両道の才媛。それを体現した娘。

セイン、マオチャ、クランべという
彼女の兄や姉たちは、
いずれも個性的であり、凸凹が激しい。
その分、末子の彼女は
誰からも好かれようと
努力してきたのではないだろうか。
尖った部分を自ら削って、
丸くなろうとしてきたようなものだ。

ただ、彼女のキレのある鋭い球を、
捕手として何度も
受けてきた彼は気づいている。

…彼女は、彼女自身が意識し、
努力して、ひた隠しに隠している
個性の凸凹が、実は人一倍
激しいのではないだろうか?

それは、「好き」や「嫌い」かもしれない。
「過去」や「未来」に関することかもしれない。

北の国の王子に嫁ぐことが決まり、
盟王の口からそれを命じられた時、
彼女はその運命を静かに受け入れた。
不満を口にしたことは一度もない。
盟王の末子である以上、
政略結婚を受け入れるのは当然だ、と
思っている節があった。

イナモン自身もまた、盟王の腹心として、
ココロン姫のための幕僚候補を集めて、
彼女の時代に向けて
環境を整備してきた身である。
姫の「努力」を好ましく思っていた。

しかし同時に、あまりにも
状況を受け入れ過ぎて、
彼女らしさを失うことも、また恐れていた。

…姫の本音を引き出し、凸凹をばらして、
さらに彼女ならではの魅力を増やす。
そのためには対等の「ライバル」が必要。
教育係になってから、彼は
そのような思いを強くしていたのである。

しかし、オルドローズ学院の
最上級生になった彼女、
すなわち「イッケニー・コーン選手」は、
実力においてもカリスマ性においても
他の生徒を圧倒していた。
他の都市の同学年の若者たちにも、
対等に渡り合える者はいなかった。
宮廷でもそうだ。病弱なセイン、
他の都市に移ったマオチャとクランべたちと、
比べられることはなかった。

ココロンは唯一無二の
「スペア」のない存在として扱われて、
彼女に比する存在はいなかったのだ。

ようやく彼女と対等に
張り合える存在が現れたのは、つい先日。
それが、「じゃじゃ駱駝」の姫、
パンナであった。

パンナは、ココロンとは正反対と言ってもいい。
何でも思ったことははっきりと言う。
どこにでも行きたい場所に行く。
何が彼女をそうさせたのか?
元教育係らしく、イナモンは
パンナという個性を作り上げた
背景について考えてみる。

…その結論として、
現在のパンナを形作ったのは、
父親であるピノグリア大公
シャー・ルドネの教育方針と、
かの国の風土にあるのではないか、と推察した。

ルドネ大公は、その妃、
パンナの母親を早くに亡くしている。
その後は自分の娘を、
「大公の娘」という枠にはめこまずに、
好きなことができるよう、本人の興味が
赴くままに自由に育てたようである。

このような教育方針の下では、
凸凹が削られず、逆に際立っていく。
もちろん「わがまま」に
育ってしまうこともあるが、
一方で「無類の行動力」を得ることがある。
自分の生きる道、すなわちキャリアを、
すべて自己責任で選び取るからだ。

現に、パンナはディッシュ大陸の北西部、
トムヤム君民国まで留学したという。
自分の意志で。
自分で行きたい、と言った以上、
そこで何かを得ようと、
死に物狂いで学んだのだろう。

もちろん、ココロンも努力では負けていない。
しかしそれはあくまで
「決められた道」の上で
自分を磨いてきたものだ。
パンナのようにすべてを
自分で選択した道ではない。

それに加えてピノグリア大公国は、
元々、独立不羈の気風の強い国だ。
一人一党、個人主義の風潮がある。
もちろん集団でまとまることもあるが、
それは無意識のものではなく、
各個人が「強い」と判断した
指導者の下で意識的にまとまる。
言わば、野武士集団。

…ローズシティ連盟とは違うのだ。
連盟は、貴族と平民と奴隷という
身分制度の影響が強く、
首都と五大都市という枠組みもある。
そのため「枠組みに自分を合わせる」
という傾向が強い。

そのような枠に囚われない、
大公国の姫として生まれたパンナ。
「自分の好きなことをやって何が悪い、
ついてくる奴はついてこい。
ついてこない奴はそれでもええ、
自己責任でしっかりやりや」。
そのように考えがちなのだろう。

絶対的なエースとして君臨し、
自然とチームを率いてきたココロンとは、
集団を率いるスタイルが根底から違うのだ。

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『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
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