長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』52
さてその一方、常ならぬ一行の
出港を見送ったボジョンヌの代官は、
ふう、と一息ついて、官庁に戻ろうとした。
その時、船着き場で
見知った顔を見つけて、親し気に声を掛ける。
「やあ、これは
ルイソ館長ではございませんか!
商売繁盛のようで、何よりです」
「いつもありがとうございます」
ふわふわっとした声音で答えたのは、
鮮やかな緑色のカールした髪に、
同じく緑色の作業着を着た若者である。
優男のような風貌。瞳の色も緑だった。
「ニューグリーン商会としては、
やはり、マカロン商会や
カルダモン商会には負けられぬ、
といったところですか。
ご安心なされよ。大公や王子から、
私もきつく言われております。
我がボジョンヌは、御会を
しっかりと応援して参りますぞ!」
「代官閣下のおかげをもちまして、
安心して商売ができます。
感謝しております」
ふわふわっと答えて、そっと代官に
包み紙を手渡した。
袖の下をもらって、代官は
機嫌よく帰っていく。
ルイソ館長と呼ばれた男は、
優し気な笑顔で彼の背中を見送った。
「館長。すべて積荷を降ろし終わりました。
数量も大丈夫。問題はございませぬ」
ひげ面で強面の男がぬっと現れて、
彼に報告をする。
苦味走った中年の男であった。
「ありがとう。ニギャシ、
君がいるおかげで、
僕は何の不安もなしに舵取りができる」
「恐れ入ります。
…ですが、代官に賄賂を渡すのも、
ほどほどになさいませ。
あまりに回数が重なれば、
人はいつしか感謝を忘れて、
もらえぬ時にかえって恨むものです」
「うん、忠告ありがとう。
僕は甘ちゃんだからさ。
何かあったらどんどん言ってくれ」
緑づくめの商館長の名前は、
グリーンペッパー・ルイソという。
苦味走った部下の名前は、
パセリ・ニギャシ。
マカロン商会、カルダモン商会に次ぐ、
第三の規模を持つ商会だった。
ここボジョンヌを本拠地にして、
大公の政権に食い込み、
貿易によって利益を得ている。
ルイソは、本拠地のある
ミックススパイス島から、
はるばるこの地へと赴任していた。
そこに、もう一人の部下がやってくる。
こちらは鮮烈な緑色の髪を短めに切った、
若い女性であった。
パンナ姫と同じくらいの低い身長。
腰から剣を下げている。
「ニギャシ様。すべて準備が整いました。
あの、ルイソ館長、
あまりニギャシ様に仕事を
押し付け過ぎないで下さいませ」
「…こら、オロシェ。
生意気な口を叩くな!
すみませんね、館長。
どうも近頃の若い者は
礼儀がなっておりませんで」
「いや、いいよ。
全くオロシェの言う通りだ。
僕もニギャシに任せすぎるんじゃなくて、
少しは自分で指揮しなくては。
うん、いい部下を持ったね、ニギャシ!」
「いえ、館長。私のほうが、
いい上司を持たせていただいているのです」
しかつめらしくそう話した女性は、
ワサビ・オロシェという名前であった。
ルイソ、ニギャシ、オロシェ。
三人が、この地域における
ニューグリーン商会の幹部だ。
いずれもディッシュ大陸の北西部、
西の海に浮かぶ
ミックススパイス島の出身者であった。
「さあ、仕事も一段落した。
昼休みにしよう!」
三人は近くの食堂に向かった。
時々言い争いはするが、
この商会の雰囲気は明るく、
風通しの良いものである。
坊ちゃん然として、懐の深いルイソ。
中間管理職として、
実務を切り盛りするニギャシ。
その補佐として、きびきびと働くオロシェ。
ルイソは商会の創設者の一族。
まだ若いが、人格者だ。
人の能力を見極め、信頼して、
役割を振るのが上手かった。
ニューグリーン商会は、
ミックススパイス島の西部から
生まれた商会である。
マカロン商会、
カルダモン商会に比べれば後発で、
規模も小さい商会であったが、
それゆえに小回りを利かせることができる。
大公家に食い込めたのも、ルイソの功績だ。
「…あの黒いバラの旗を掲げた船は、
ダマクワスから来たのでしょうか?」
「女性が二人、甲板で言い争いをしていたね。
あれはたぶんパンナ姫とココロン姫だ」
「この国もどうなるんでしょうか…。
南のローズシティ連盟と同盟を結んで、
どんどん貿易を
盛んにしてくれるのはいいけれど、
かえって飲み込まれちゃわないかしら?」
あれこれ話しながら、たくさん食べる。
特にニギャシはワインが好きで、
多種多様なワインを安く飲めるだけでも
この国に来た甲斐があった、と常々言っている。
「…あれ、ニギャシ様。
グラスが空に。瓶も空っぽですね。
お代わりを持ってきます!」
目端の利くオロシェが、
すぐにカウンターに駆けていって、
追加のワインを受け取った。
彼女が席を離れている隙に、
ルイソが小声で言った。
「…で、ニギャシ。そろそろ、
あの娘の求愛に答えてあげてはどうなの?」
ぶっ、と口直しの水を噴き出して、
苦味の走った中間管理職が咳き込んだ。
「冗談じゃありませんよ。あの娘、
自分の来歴はあまり言いたがらないんですが、
剣術の腕は一級品、達人と言ってもいい。
ひげ面のおっさんの相手より、
カプサ学校に入って
剣術師範にでもなればいいんだ。
本国で、もっと若くて
見目のいいやつを探せばいいんです」
「ふうん? まあ、彼女の心は
もう決まっている、と思うけどねえ」
にやにやと笑うルイソを前にして、
ばつの悪そうな顔をする。
オロシェが戻ってきた。
ニギャシは、戻ってきたオロシェが
注いでくれたワインを、ぐいっとあおった。
…それが、彼の人生で最後の一杯になった。
ぐぐっとくぐもった声を上げて、
苦悶の表情を浮かべる。
よろよろと立ち上がったかと思うと、
急に意識を失い、隣のテーブルに倒れ込んだ。
ルイソとオロシェは、
目の前で何が起きているのか、
にわかには信じられなかった。
騒然とする店内。飛ぶ怒号!
その声を背中に受けながら、
ぼさぼさの髪の女性が、
人ごみに紛れてその場を離れていく。
カルダモン商会の暗殺者、
ククアはその猫背を丸めて、
主人の元へと帰っていった。
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『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか
◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
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