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長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』25

5、姫と姫

短めの駱駝色の髪、大きな瞳、小柄な身体。
突然の侵入者。
しかし、ランプは慌てる様子もなく、
にこやかな笑顔をたたえて歩み寄った。

「バー・マイローズへ、
ようこそおいで下さいました。
しかし、お客様。
残念ながら当店の営業は
夜からでございます。
今は準備中でございますれば、
どうぞお引き取りを」

ここでイナモンは、彼女が
見慣れぬ旅装をしていることに気付く。
その服装は、砂漠を旅する隊商たちが
よく着ている服である。

砂漠…? とすると、この女性は北から?

「私はバーに酒を飲みに来たのではない」

女性は、少し権高な口調で答える。
ただ、声は可愛い。

「あなたたちに会いに来たのだ。
…将来の義理のきょうだいたちに、な」

ランプは面食らった。

自分たちを『将来の義理のきょうだい』と
呼ぶからには、もしや、大公の娘か!
考えを巡らすランプの後ろで、
イナモンが立ち上がる。

「シャー・ルドネ大公の姫君、
シャー・パンナ様でございますな?
お初にお目にかかる。
私の名はエーワーン・イナモン。
あなたの兄上、シャー・リーブル王子とは、
いささか面識のある者でございます。
ご尊顔を拝しまして、恐悦至極」

イナモンは、慇懃に深々と礼をした。
実際にこの大貴族は、
リーブル王子と頻繁にやり取りをしている。
ピノグリア大公国の王族や貴族の一覧表が、
彼の脳内にあった。

王子に妹がいることも当然ながら知っている。
だが、遠くの国に留学中、とも聞いていた。
年齢はココロン姫と同じ十八歳。
兄のリーブルは二十八歳だから、
ちょうど十歳違いの妹のはずだ。

パンナは、ほう、という顔付きをした。

「義理のきょうだい、と聞いただけで、
私の素性をすぐに言い当てるとは、
なかなかにやるな。
そうか、あなたがエーワーン・イナモン卿か。
今は、ココロン姫の教育係をされていると聞く。
いかにも、私は、大公シャー・ルドネが娘、
パンナである」

彼らが会話をしている間に、
ランプはちらりと出入口のほうを見た。
はあはあ、といつになく息を荒げて、
小間使いのロッカがパンナの後ろに立っている。
侵入者の突撃を防げなくてすみません、
という思いが顔に書いてあった。

…イナモンが時間を稼いでくれた間に、
ランプには、
にこやかな顔を戻す余裕ができている。

「しかしパンナ姫。急に来られても、
準備というものがございます。
奇襲を受けてもこちらとしては、
いささか面食らうばかり。

それとも、ピノグリア大公国に
礼儀は無いとか?」

笑顔のわりに辛辣な言葉。

「黒いランプ」が顔を出しているな、と
イナモンは思った。
ただ、言っていることは間違っていない。
王族と王族が直接会うには、
それなりの準備がいるものだ。
それをすっ飛ばして、急に会いに来た、
と言われても、当惑するだけである。

しかし、パンナは謝罪をするどころか、
かえって胸を張って、こう答えた。

「これは妙なことを。
私がここに来ることは、
父上にも兄上にもお許しいただいておるぞ。
…そなたらの主君、
イッケハマル盟王陛下にも、な」

初耳である。
そんなことは、ランプもイナモンも
聞いていなかった。

「そもそも、婚約者である兄、
その妹が、その結婚相手と家族に
会いに来ることに、何の問題があろう。
…準備と申したな?
礼儀でがんじがらめの
顔合わせをしたところで、
何の意味があろうか。

私は社交辞令を聞きにきたのではない。
本音を聞きにきたのだ」

そう言うと、くるりと表情を変え、
攻めに転じてくる。

「そもそも、ローズシティ連盟には、
連絡を取り合う習慣は無いのか?
盟王陛下から、何も聞いておらぬのか?
そんなことで、いざという時に
動くことができるのかのう?」

(11/4・5は投稿をお休みします。
11/3に、3回分投稿します)
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『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
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