『僕の手は、夢を捨てる・夢を拾う 前編』ヒスイの鍛錬・100本ノック㊴
夢は、捨てることができる。月に一度の“夢ゴミ”の日に。
春の匂いがする朝、僕は目覚めてつぶやいた。
「今日は“夢ゴミ”の日だ。時間までに行かなきゃ」
先月も、先々月も寝すごした。だから今日は出しに行く。絶対に。
僕は起き上がり、着替えて夢ゴミを持った。
半透明のビニール袋にダークグレーの夢が入っている。
玄関を出て、朝の空にゴミ袋をかざす。夢ゴミはぺしゃんこにちぢんで、ゴミ袋のなかで泳ぐようだった。
すきまから、桜のつぼみが見えた。
「この夢、もっと早く捨てるべきだったな」
夢や希望は持っていたほうがいい、と言う人がいる。
あきらめずに持ち続けたほうがいい、と言う人もいる。
それぞれだろう、と僕は思っている。
夢はひとつじゃないし。ときには捨てたほうが身軽になれる。
ふるい夢は変質して“根拠のない自信”と“期待”に変わってしまうから。
ゴミ置き場に行ってみると、ひとつの夢ゴミが捨てられていた。
ピンク色のフワフワした夢だ。
まだ、使えるんだろうに。もったいない、と思う。
だけど、捨てるのは自由だ。
新しい夢が見つかったのかもしれないし。
その夢を持ちつづけるのが、つらかったのかもしれないし。
理由なんて、無数にある。他人がなにか言うことじゃない。
僕はピンク色の柔らかそうな夢のとなりに、ダークグレーの夢を置いた。
ふたつの夢ゴミをじっと見る。
風が吹いてきた。かすかに雨と土の匂いがする風だ。春の温かさを感じる。
背後から、ゴミ収集車のエンジン音が響いてきた。
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なぜ、その夢ゴミを持って帰って来たのかわからない。
ただ春の風に吹かれて、ほわやわと揺れるピンク色が、たまらなく切なかったんだ。
まるで、誰かの身体から切り取られたばかりのような温かいピンク色。
僕は一人の部屋で、ピンクの夢に手を当てた。ちいさくて、ちょっとゆがんだ球形の夢ゴミ。
表面をなでていく。指に引っかかりを感じた。明かりの近くでじっくりと調べてみた。
小さな亀裂がある。
ゆっくりと指で探っていくと、キズには、意外な深さがあった。僕は静かにピンクの夢を持ち上げ、眺めた。
直せる気がした。
直してどうなる、というものでもない。夢ゴミは、ゴミだ。捨てられる前は大事にされていたのだろうが、いったんゴミになったら不要物だ。
だけど。
それを直すことが、何よりも大事なような気がした。
僕は柔らかいタオルの上にピンクの夢を置き、パソコンで夢の直し方を調べはじめた。
わかったことは、夢ゴミを直すことは可能だがむずかしい、ということ。
そして直す前に、ゴミを捨てた人の許可を取らねばならない、ということ。許可なく直すと、窃盗罪と夢損壊罪になる。
ということは、まずこの夢ゴミを捨てた人を探さねばならない。
「えー、どうすんだよ」
思わずつぶやく。僕は人づきあいが苦手で、だからフリーランスになった。それが夢ゴミの持ち主を探すなんて。
「次の夢ゴミの日に捨てよう」
そう決めて、パソコンを閉じた。
窓ぎわに置いたピンクの夢を見る。
動かないけれど、静かに眠っているような気がした。
呼吸もなく、過去もなく未来もなく。
ピンクの夢は、ただ、そこにあった。
あれから、調べて調べて、ついに他人の夢を直したというサイトにぶつかった。
読み込む。
やはり夢ゴミを直すのは難しいようだ。
まず元の持ち主が見つからない。次に修理許可がもらえない。
『捨てたものですから、直さないでください』と言われれば、そこで終了だ。
修理を断る人が9割だ、と書いてあった。
当然だろうな。
その夢をゴミにするまでに、悩んで悩んで、やっと決心したんだろうから。いまさら直してほしくないに決まっている。
しかも。まったく知らない人に。
夢はそれくらいプライベートなものだから。
万が一、直してもいいと言われたら夢ゴミを分解する必要がある。
欠損部分を確認し、足りない部品を探す。代替部品はわりと見つかる、と書いてあった。ジャンク品を扱っているサイトで手に入る、と。
僕は、ピンクの夢ゴミを出した人を想像しはじめた。
あのゴミ置き場は、このアパートの住人だけが利用する。だから候補者は六人だ。
一階に住んでいるのは、三十代の夫婦(これは二人とカウントする)と高齢の男性、中年男性。
二階は四十代くらいの女性と女子大生、そして僕。
このアパートに引っ越してきて二年ほどたつけど、まだ誰ともちゃんと話していない。六人とも、顔を知っている程度だ。
でも、ピンクの夢を直したいのなら、持ち主と話さなきゃならない。
いきなり
『あなたが捨てた夢ゴミを直したいので、許可をください』
なんて言っても、うまく行かない。
だからまず、住人と仲良くなるのが第一歩だ。
どうしてこれほど、ピンクの夢を直したいのか。
自分でも理由はまったく分からない。
ただ、部屋にある夢ゴミが気になって仕方がないんだ。
捨てたほうが、ラクだ。
自分の夢を捨てたように。
だけどどうしても頭から離れない。
ふと気づくと、ピンクの丸い夢ゴミを見ている。
そして、直したい理由もわからないまま、僕は翌朝から早起きをしてアパート周辺を掃除することにした。住人とコミュニケーションをとるために、だ。
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毎朝、アパート前を掃除をして、出かける人を見送る。
「行ってらっしゃい」
そう言うだけだ。
反応はいろいろだけど、女性のほうがわりと返事をくれる。
四十代女性はスーツを着て、おなじ時間に出勤する。カバンも靴も変わらない。不愛想だけど顔を見て、頭を下げてくれる。
ご夫婦の旦那さんは、僕を見もしない。
奥さんはパートらしく、出勤する日もしない日もある。僕がいると『おはようございます』と言う。
言葉であいさつするのは、この奥さんと八十代のお爺さんだけだ。
ピンクの夢ゴミを捨てた可能性が高い女子大生とは、なかなか会えない。出てくる時間も不規則で、コミュニケーションがとりにくい。
とりあえず、奥さんから攻略することにしてみた。
ストーカーとか変質者と思われぬよう、きちんと襟のついたシャツを着て、ゴミ捨て場で顔を合わせた奥さんに話しかけてみた。
「ここ、夢ゴミも捨てられますよね。月に一回だから、つい出しそこねますよね」
奥さんは僕を見て、ヘンな顔をした。
ああ、しまった。
通報されるかな??
【明日に続く 2600字】
#NN師匠の企画
#ヒスイの鍛錬100本ノック
#お題・ゴミ
ヒスイの100本ノック 今後のお題:
こんな(そんな)つもりじゃなかった←的中←アナログレコード←ミッション・インポッシブル←スキャンダル←だんごむし←ポップコーン←三階建て←俳句←舌先三寸←春告げ鳥←ポーカー←タイムスリップ←蜘蛛←中立←メタバース←鳥獣戯画←枯れ木←鬼
ちょっと、「100本ノック」のスタイルを変えてみたくなり、
書いたまま、そのまま公開することにしました。
誤字脱字はチェックしていますが、気づかれたら、コメント欄にお願いします。
書いたらそのまま出す、という形なので
このお話、先がどうなるか、ヒスイにもわかりません(笑)
どこへ到着するのか、みなさまと一緒に楽しもう、と思います。
また明日、夜20時にお会いしましょうね。
……どうだろう。やっぱり女子大生があやしいと思うんですけどね。
ピンクですもんね(笑)