おっさんとようじょ

秋も終わり、木枯らしが葉を攫っていく冬の始め。寂しい木々に埋もれるようにして、その社はありました。
良く言って神さびた、現実的に言うと廃屋。そんな社に住まう神もまた、ボロボロだったのです。
落ち窪んだ目、痩けた頬、疎らな無精髭、ごわごわの短い髪、所々擦り切れ薄汚れた装束。まるで乞食のようにみすぼらしい形をしたその神は、何をするでもなく、ただ床の上にごろんと寝そべっていました。
手を目の前に翳すと、その手は微かに震え、もはや自分には何の力も残っていないことが容易に知れました。
神は人の信仰によって生き、力を得、人に恩恵を齎す。信仰する人がいなくなればやがて力を失い、存在は消滅する。
自分が今永らえているのは、どこかで未だ、誰かが自分を…或いは自分が起こす奇跡の力を信じているのだろう。しかしそれでも足りない。人間一人の信仰で存在を保てる程、神というものは易くない。
もう、次の春を見ることは叶わないのだろうなぁ…。
と、ぼんやりと自分の死期を考えていた時のことでした。声が聞こえたのです。
子供の泣き声が。
最初は聞き間違いだと思いました。冬山を渡る風が鳴いただけの、ただの悪戯だと。しかし泣き声は聞こえ続け、次第に近くなってくるのです。
怪訝に思った神は身を起こし、社から外を窺いました。
塗装が剥げた鳥居の下に、誰かが蹲っている。
天狗の子か、はたまた鬼の子が親とはぐれて泣いているのかと思い近付いていくと、その子がふと顔を上げました。
涙でぐしゃぐしゃのその子は、天狗でも鬼でもありませんでした。

「…お前、何だ?」
「おじさんだれ?」

こうして一人と一柱は出会い、運命は静かに回り始めたのです。

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