自分勝手な女

「貴女の涙の理由を、私に話してくださいませんか。」
と彼の人は言った。私の痛みがそのまま己の痛みであるかのように、切なく眉を寄せて言った。
不思議な話だ。私は泣いてなどいなかった。だが此の人は私が泣いているのが解るのだと言う。私の苦しみを、解りたいと言う。
優しい人だと思った。
その言葉が私にとってどんなに嬉しかったか。
しかしだからこそ私は、話すわけにはいかなかった。
優しい彼の人を、私の道に巻き込みたくなかった。
微笑みながら丁重に断ると、彼の人はやはりつらそうに目を閉じた。
ならば、と。「せめて私の自己満足な行いを、今だけお許しください。」と告げた彼に、なんですかと問えば、彼の人はその両腕で私を抱きしめた。
驚きに目を見開いていると、彼に触れている部分から、彼の人の哀傷が伝わってくるようだった。
ああ、此の人は私の苦しみを分かち合えないことを哀しんでいるんだと、私が此の人を連れて行かないことを理解して、その上で私を心配してくれているんだと、そう理解した。
この腕を此の人の背に回せたら、私の冷たい心を、此の人の優しく温かな魂に預けられたら―
でもそれは、私には堪えられないこと。此の人を、私の暗い道に巻き込むくらいなら、私は独りで逝きたい。
この選択が、此の人を傷付けるだけと解っていても、私はこの選択をする。
だから私は、謝罪を込めて「ありがとう」と呟いた。
せめて、優しい貴方が、早く私を忘れるように。

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