朝
今日も今日とて陽が昇る。
柔らかい朝の陽射しが部屋に射し込み、目蓋越しでも明るくなったのが判り、まどろみから覚醒へと私を誘う。
ふっと目を開けば、そこから今日という一日が始ま――
「……目が醒めたか、詞紀。」
空疎様がいた。
「もう明るい刻限だ、起きなくては皆に示しがつかぬ。―が、我は今こうして貴様の顔を見ていたい。」
もうほんの少しだけ…、な。
と空疎様は甘く囁く。
…これは夢だろうか。夢とはこんなに克明に描写されるものだっただろうか。寝起きな上に混乱した頭では考えは纏まらず、思考はぐるぐると巡るばかりだ。
知らず、空疎様をじっと見つめてしまう。
自身の腕を枕にしながら柔らかに笑む空疎様はいつもとは違う、安らいだ雰囲気を纏っており、朝日の中にあってその笑みは一層美しく見えた。
普段は後ろで括っている髪が緩やかに頬や腕に掛かっていることも相まって、いつもの引き締まった印象は薄まり、穏やかで優しい印象を覚える。
眇められた目は私の反応を楽しむように悪戯な光を宿しているけれど、視線はただただ愛しさが籠められている。
枕にしていない方の手で私の手を握っており、そこから伝わる温もりが、これは夢ではないことを告げている。
「何だ、目を開けたまま眠っているのか?」
そう、夢ではないのだ。
「お、起きております!」
「ふっ…冗談だ。」
喉の奥でくつくつと笑う空疎様は本当に楽しそうで、その笑顔に思わず見惚れてしまう。
人前では冷笑を見せることが多い空疎様だけれど、二人の時はこうして無邪気な笑みも見せてくださる。
そう言えばこの方はいつから起きていたのだろう。
昨夜床を共にして、私はいつの間にか寝てしまっていて…、起きたらこの状況で。
空疎様は睡眠をあまりとらない方だけど、きちんと眠られたのだろうか。私が邪魔したりしていなかっただろうか。
そして不意に気付く。空疎様が眠りに就かれるまで…そのあとは眠りから醒めて今に至るまで、私は寝顔を見られていたのだと。
今更ながら恥ずかしさが込み上げてきた。
「朝から百面相とは、忙しいな。」
「!」
「何故顔を伏せる?」
「……あの、恥ずかしくて…」
「今更だな。我は貴様の全てを知っているのだぞ?それこそ、もっと恥ずかしいところも…な。」
「………。」
恥ずかしくて顔を上げられない。いっそのこと背を向けてしまいたかったけれど、握られた手を離したくはなくて、枕に顔を押し付ける。
空疎様の声が緩やかに届く。
「詞紀、顔を上げよ。」
「…無理です。」
「我は貴様の顔を見たいと言っている。」
「……今は、とてもお見せできる顔ではありません。」
少し意地になって、伏せたまま答えていく。
暫しの間沈黙が流れ、怒らせてしまったかと恥ずかしさが焦りに変わる頃、空疎様の声が低く甘やかに耳朶を揺さぶった。
「ならば――昨夜の続きをするか?」
「!?」
驚きに思わず顔を上げてしまってから、しまったと思った。
空疎様がこれ以上なく意地悪く笑っていらっしゃる。
「冗談だ、詞紀。」
朝の光の中ではその意地悪い笑みさえ美しく妖しく思えるけれど、今度ばかりは見惚れていられない。
羞恥心でいっぱいの胸の内を誤魔化すように空疎様を睨む。…この方にはあまり意味を成さないと知っていても。
「さて…、寝顔を含め貴様の百面相を堪能したことだし、そろそろ起きねばな。」
「もう、空疎様!」
「ああそうだ、忘れるところであった。詞紀。」
私の怒りには耳を貸さず、空疎様は身を起こし、崩れた寝巻きを直しながら私に向き直る。
「おはよう。」
からかうような光は消え、起きた時と同じく愛しさだけを籠められた瞳で見詰められ、私の怒りも次第にどこかへ行ってしまった。
私も同じだけの…、いや、それ以上の愛しさを籠め微笑み返す。
「おはようございます、空疎様。」
今日も今日とて、一日が始まる――
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