NGシーン

『似た者同士と夢心地』

条件:へし切長谷部・歌仙兼定・言代霞月
時刻:真夜中
場所:本丸三階(歌仙兼定の部屋の前)


「そうやって気に食わないものを何でも彼んでも斬ろうとするのは風流じゃないな」
「それをお前が言うのか。大抵の事を力尽くで片付けようとするお前が―!」
「はん、きみなんて何かあれば〝圧し斬る〟しか言わないだろう」
「貴様…!」
「………ん、ぅ」

 次第に熱を増す応酬から、長谷部の腕の中で霞月が身動いだ。
 その僅かな動きに―僅かな動きだというのに、二振共一瞬で硬直し霞月を見遣る。
 起こしてしまったか、眠りを妨げてしまったかと、二振が息を詰めながら見守る。一秒が一戦よりも長く感じる程の延長感覚。やがてその視線の先で、霞月は再び安らかな寝息を立て始めた。
 安堵の息が二振から零れる。

「まったく、きみがそんな殺気を飛ばすから主が起きてしまったかと思ったじゃないか」
「誰の所為だ」
「僕の所為だとでも?」
「お前以外の誰がいる」

 ちなみに全て小声である。

「主の眠りを妨げようものなら圧し斬るからな」
「一騎討ちとは風流じゃないね。そもそも僕が主の眠りを妨げる筈がないだろう」
「先程起こしかけただろうが」
「誰の所為だと思っているんだ」
「俺の所為だと言うのか」
「きみ以外に誰がいるんだい」

 喧嘩両成敗と言う言葉は、今のこの二振の頭からはすっぽ抜けているようだ。まあ、成敗できる当の審神者が寝こけているから仕方ないのかも知れないが。
 小声の遣り取りの中心が自分だなどと、霞月は夢にも思わないだろう。その寝顔は少し嬉しそうに緩んでいて。

「…主が笑っている」
「幸せな夢でも見ているんだろうね」

 いや、恐らく夢の内容は好物の山菜を食べているか…、やはり好物の岩魚を食べているかのどちらかであると思われる。幸せな夢と言われればそうなのだが、二振が想像するような幸せな夢ではない。そして二振はそれを知る由もない。

「そう言えば主の寝顔を見るのは久しぶりだな」
「何だと、貴様何故…」
「あまり殺気立つと主がまた起きてしまうよ、長谷部」
「ぐ…」
「僕が書庫にいると時々来るんだよ、人型でね。それで以前、僕が本を読んでいる間に主が眠ってしまったことがある。それだけだよ」

 歌仙が眠る霞月の額をさらさらと撫でる。と、その顔がふわりと笑んだ。
 無垢で幸せそうな笑顔。
 陰謀渦巻く闇夜の京都を走る打刀にとって、月明かりで薄明るく照らされた廊下など曇った昼日中ぐらいのもの。当然霞月の寝顔もばっちり見えているわけで―

「……。」

 二振揃って言葉もなく硬直しているが、その心は同じである。
 そしてその心を、言葉を選ばず言えば

〝ちくしょう可愛い…‼〟

 と言ったところ。
 片やその額に置いた手を高速で動かし更に撫でたい衝動に駆られ、片やその体を支える腕に力を籠め今すぐにでも抱き締めたい衝動に駆られている。勿論そんなことをすれば一発で起きてしまう。それ故二振共ただただ堪え、硬直している。
 だがそんな二振の苦労も空しく、額に乗る手の感触と体を支える腕の硬直を感じ取った霞月がぼんやりと目を覚ました。

「……ふあ?」

 また別の意味で固まる二振を、霞月はのんびりと見返す。いつもの霞月であれば、長谷部に抱き上げられ歌仙に覗き込まれているという現状に頭を過熱させるところだが、幸か不幸か、今の霞月は酔っ払っている。

「……。」

 ぼんやりと目を蕩けさせたまま、真正面に視線を結んだ。

「……はせ」
「っ…はい、何でしょう」

 長谷部の問い掛けに答えず、霞月は自分の額に乗っている手をゆっくりと握り、その先に視線を向ける。

「……かせん」
「…な、なんだい、主」

 やはり問い掛けには答えず、ただ、握った手を自分の胸の前に持ってくる。眠る赤ん坊を見れば解るが、握るものがあると安心して眠れる上、それが楽な姿勢なのだ。
 そんなことは思いもしない二振は固唾を呑んで主の動向を注視している。
 そしてその唇が緩慢に開かれ―

「……まだ、ねてていい?」

 紡がれたのは、たどたどしく幼い願い。

「勿論です、ゆっくりお休みください、主」
「また明日。いい夢を見るんだよ」

 一瞬で我に返った二振にもう一度ふわりと微笑み、霞月は〝おやすみ〟と言って夢の中へ帰っていった。
 少しの後、静寂の廊下に小さな寝息が聞こえ始めた。

「…歌仙、俺では主の部屋に入れない。主を送り届けてくれないか」
「部屋に入れない?何でまた」
「主の部屋に入れるのは初期刀であるお前だけだろう?」

 首を傾げる長谷部に、歌仙は霞月の部屋への入室条件を伝えた。それは〝霞月の素顔を記憶していること〟であり、長谷部はもう適合している筈だと。

「ならばお前を起こすこともなかったな。すまなかった」
「構わないさ、こうして主の寝顔を見られたからね」
「それでは俺は主を送ってこよう。歌仙、その手を離せ」
「長谷部、それなんだが…」

 無防備且つ純真無垢、正しく赤子のように霞月は熟睡している。その手は小さく柔らかく…ぎゅう、と胸の前で歌仙の手を握っている。

「主が離してくれない」

 その後、霞月の眠りを妨げないよう丁重に、それでいてお前などどうでもいいと言わんばかりに乱暴に歌仙の手を引っぺがし、長谷部はその場を後にした。

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