CD:ヤレックのヴァイオリン
ヤレックのヴァイオリン
ヤレック・ポヴィフロフスキというヴァイオリン弾きがいる。
1964年生まれ。
前世紀の末葉に、首都圏でストリート・ミュージシャンとして活躍していた人らしい。
この人は、少なくともCDを2枚作製しており、これもどうやら自費出版して手売りしていたらしのだけれども、今でも、中古ショップやフリマ・サイト等で、最安の価格帯で売れ残っているのを目にする。
と言うよりも、ポヴィフロフスキを知ったのは、半ばゴミの山、希に玉ありの、そういった破棄寸前ディスクを漁っている過程での遭遇によってであったから、全盛期の活躍(?)は知らない。
率直に言えば、下手物中の下手物という類いのディスクだ。
だから、初めの頃は、気にも留めなかったのだけれども、まあまあ、頻繁に出会うものだから、いつ頃からだろうか、ついにはこちらが根負けしてしまって、何だか買わざるを得ない様な心持ちになってしまった。
と言う訳で、二枚揃いで売っていたものを購入して聴いてみる。
ツィゴイネルワイゼンとかタイスの瞑想曲とか、G線上のアリア、アヴェ・マリア、云々、そういったショーピースを集めたもの。
一聴して分かるのは、本人の言い分はともあれ、この人は、コンサートホールで華々しく活躍するのは難しかったのだろうな、という事。
敢えて、流れの音楽家になった訳ではなさそうで、是が非でもヴァイオリンで生きて行きたかったから、路上に飛び出す事をも厭わなかった、そんな人の様な気がした。
テクニックで人を魅了する事よりも、歌う楽器としてのヴァイオリンにフォーカスしている。
詰まりは、存分な超絶技巧を持ち合わせてはいなかったという事だ。
それは、細やかなパッセージに不正確さが表れる、なんていう以前の問題として、切れ味の悪さが、音楽から覇気を奪ってしまっている嫌いがある。
路上でのライヴも、恐らく、スリリングでエキサイティングな瞬間はそうなかったのだろうな、と想像される。
ヴァイオリンの歌い回しだって、言ってしまえば常識的だ。
このくらい弾ける人は、恐らく、毎年毎年、音楽学校から大量に放出されているに違いない。
だから、黙って聴いて何も言うまい、とも思ったし、実際、こうして書いてみればとても賛辞は出て来ない。
それでも、ヤレック・ポヴィフロフスキの様なミュージシャンが路上でヴァイオリンを弾くのを聴ける日常、というものを想像してみると、必ずしも悪くはないかも知れないなと思った。
托鉢している坊さんの隣で、寄付金を募るボランティアの隣で、はたまた、イデオロギーを振りかざす市民の面前で、ポーランド人がヴァイオリンを弾いている。
そんな図を想像してみる。
路上で何かをする人、というのは、僕らが想像するよりも遥かに強かで野心家が多いから、全く同情するのは危険なのだけれども、殆どの人に素通りされる音楽。
否、きっと疎ましく思う人も多い筈だ。
言ってみれば、雨風に晒されただろう音楽。
録音に刻まれた音を聴く限りでは、ヤレックのヴァイオリンには、そういう深い傷は見当たらない。
それが何より、20世紀末のTokyoらしいんじゃないかな、と思う。
人を深く感動させる、という事は、本質的には悲しい事だ。
ポヴィフロフスキのヴァイオリンの穏やかで、何処か能天気な音色こそは、幸福なのだ。
ミュージシャンとしてのポヴィフロフスキは、きっと自分の置かれた状況に不満足だったに違いない。
その不満足こそが、人間の幸福だと言ったら、ご本人は立腹するかも知れないのだけれども、これは、実は多くの人の人生の、勿論、私自身を含めての、哲理じゃないか。
僕は、普段着の音楽が好きだ。
だから、路上の音楽は、少しうるさい。
ヤレックの絶妙に冴えないヴァイオリンも、聞き慣れて来ると、これはこれで悪くない。
うるさい所が殆んどないから。
天才に疲れた時は、こういう音が流れて来たって好いものだ。
ただ、ヤレック・ポヴィフロフスキも、ヴァイオリニストになる才能は十分にあった訳だから、路上を過ぎ去る無関心な多くの人達よりも、遥かに才能は豊かな人でもある。
何より、私なんかよりは、断然に才がある。
多くのヴァイオリン愛好家は、ヤレック程にも上手に弾ける訳でもない。
それでも、僕らは、ポヴィフロフスキのヴァイオリンを聴いて、率直に、染々と、思うのだ、この人にはヴァイオリンの才が足りないな、と。
そういう現実は、悲しいものなのか、或いは、幸せなことなのか、案外に分からないものである。
深い哀しみに沈まないスラヴ舞曲、今一つ躍動しないハンガリー舞曲を聴きながら、ふと、そんな感慨に耽ってもみる。
二枚合わせて500円、どうにも、元は取ったじゃないか。
尤も、シマノフスキの『アレトウーザの泉』などは、掛け値なしに素晴らしい演奏だと思うので、この雑感につられて、呉々もポヴィフロフスキを見くびりません様に。