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#14 西暦2026年は丙午(ひのえうま)らしいので、今後流行る迷信を冷静に予想する【週刊自室】
寒いですね。調子はいかが。こちらはぼちぼちです。
もう11月ですね(という文章を書いているうちに12月になりました)。
最近やたら自分以外の時間の進みが速いので、この調子だと再来年あたりには猿の惑星に辿り着いているかもしれません。猿が反逆の文明を築く中、一人だけスローモーションで生活し続けるおれ。
さて、再来年といえば、西暦2026年は十干十二支でいう丙午(ひのえうま)にあたります。十干がひのえ、十二支がうま。10と12の最小公倍数は60ですから、実に60年ぶりの丙午です。毎回そうですけど。
そういうわけで、私の父と同じく1966年生まれの方は再来年還暦を迎えるわけですが、日本には、この丙午にまつわる厄介な迷信が存在します。
それは、「丙午生まれの女性は気性が激しすぎて夫を不幸にする」というもの。
今回は、いろいろとあんまりなこの迷信について考えていきます。なぜ再来年のことをわざわざ考えるのかというと、暇だからですぼーっとしてると何も為さずに2026年になっちまうからだぜ! じゃあいくぜ!
そもそも十干十二支ってなんだよという雑な話と、迷信の起源
ねずみ、うし、とら、うさぎとさまざまな動物や伝説上の存在が登場する十二支はまだ馴染みがありますが、きのえ、きのと、ひのえ、ひのとなどの十干(じっかん)は聞き馴染みがありません。
これらは漢字で書くと甲、乙、丙、丁、となり、戊、己、庚、辛、壬、癸と続きます。甲とか乙とかってなんだか民法みたいですが、多分それの元ネタです。
十干は、元々は古代中国において日を10日のまとまりで数えるための符号のようなものでした(※1)。10日で「一旬(いちじゅん)」、3つの旬で1ヶ月です。
古代中国では、万物はすべて「陰」と「陽」の2つの要素に分けられるとする「陰陽説(いんようせつ)」と、すべて「木」、「火」、「土」、「金」、「水」の5つの要素からなるとする「五行説(ごぎょうせつ)」という思想がありました。これらを組み合わせて「陰陽五行説」といい、やがて陰陽五行説を「十干」に当てはめるようになりました。また、日本では、この「陰」と「陽」を「兄(え)」と「弟(と)」に見たて、「兄弟(えと)」と呼ぶようになりました。
一方、十二支は、もともと12ヶ月の順を表わす呼び名でしたが、やがてこれらに12種の動物を当てはめるようになったものです。
もう面倒なのでそのまま引用しましたが、雑にまとめると、はじめはただの日数カウンタだったものが思想的なアレとかと結びついて今の十干十二支、つまり干支になったということです。
丙午の丙(ひのえ)は、「火」の「兄(陽)」という意味です。バーニング兄さんです。多分陸上部とかだと思う。
中国では、「丙午(ひのえうま)と丁未(ひのとひつじ)のバーニング兄弟の年に天災が多い」と言われていたのですが、これが日本では、江戸時代に「丙午の年には火事が多い」という話に変わりました(※2)。
八百屋お七
17世紀には、有名である(らしい)「八百屋お七」の事件が起こります。
お七という17歳の少女が、恋人と再会するために家に火をつけたのです(※3)。
以下の詳細は、20世紀の小説家・藤口透吾氏による説です。登場する少年や寺の名前については異説があります。
お七の一家は、さる大火で家を失い、円乗寺という寺の近くに仮小屋を建てて住まいました。その寺で、お七は左兵衛という少年と恋に落ちます。
しかし、一家の新居が元の場所に完成すると、寺の門前の仮住まいは引き払わねばならなくなりました。
少年と離れ離れになり落胆するお七の前に、ならずものの吉三郎が現れて悪魔の囁きをします。
「もう一度、バーニング(放火)すれば、ええんです」
お七は自分の家に火をつけ、円乗寺へと駆け出しました。
この後、お七は放火の罪で火炙りの刑に処せられました。(ならずものの吉三郎も同じ刑に処されました)
サイコパス診断の「A.葬式でまた会えるから」みたいなことを現実でやっちまったお七ですが、ここで重要なのは、このお七が丙午の生まれであったということです。
バーニング兄さんは、バーニング姉さんだったのです。
丙午の迷信にはいろいろなマイナーチェンジが存在するようで、「バーニング兄弟の年の男女は配偶者をバーニング(殺害)する」とかどうとか言われていたようですが、18世紀を通じていよいよ丙午の女性ばかりが忌避されるようになります。
そういうわけで、丙午の迷信の成立についてはだいたいこんな感じです。
さて、タイトルにもあるように、本稿の目的は「再来年流行る丙午の迷信を予想する」ことです。
当然のこととして、「丙午生まれの女性は気性が荒い」という俗説に科学的根拠はありません。あるいは嘘から出た実として、うまいこと統計をとったら本当に気性が荒い傾向にあることがわかった、なんてことはあるかもしれませんが(ねーだろ)、「隙間の神」などという言葉もある時代に、この俗説を信じる人は少ないでしょう。
しかし! それは我々人間が賢明になったことを意味しているわけではありません。むしろ現代の我々は、高度に発展した科学という(おれたちパンピーには)理解不能な存在を疑わないぶん、科学を装った非科学に脆弱なのです。
かつて猛威を振るった丙午の迷信は、60年の時を経て科学的に進化した姿で我々の前に現れるやもしれないのです。
我々はそれに備える必要があります。我々が迷信をバーニング(封殺)する必要があるのです。丙午とは、我々自身がバーニング姉さんになる年なのです。
未来の強襲に備えるべく、ここからは過去を振り返っていきましょう。
前回の丙午(1966年)に迷信がみせた影響
こぢんまりな丙午世代
前回の丙午である1966年には、迷信の影響を受けてか出生数が前年と比較して25%減少しました(※3)。日本の人口ピラミッドを見てみると、確かに丙午にあたる世代に不自然な溝があります(※4)。
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丙午の迷信は、当時それだけの影響力があったということです。
ちなみに前々回の丙午にあたる1906年の出生数は、1966年の時ほど極端に減少したわけではありません。これは単純に、当時は今ほど避妊方法の選択肢がなく、簡単に出生をコントロールすることができなかったためであると考えられています(※2)。
そのかわり、出生届を翌年になってから提出することで見かけ上丙午を回避するケースが少なからず存在したそうです(※5)。歴史修正主義だ。
ここからは、前回の丙午(1966年)生まれがその後どのような人生を送ることになったのかを把握しておきましょう。
ここで引用する資料はまさに「丙午世代のその後―統計から分かること」と題された論文です。参考文献は記事の末尾にまとめて示してありますから、ぜひそちらから参照してみてください。私の説明よりよっぽど誠実な文章です。ここではその内容を簡潔に紹介します。論文ネタバレ系コタツ記事。ファスト論文。
前回の丙午世代は国公立大学進学率がすこし高い
出生数が少ないということは、1966年生まれの丙午世代は単純に人数が少ないわけです。丙午生まれの受験は分母が少なくなりますから、定員が変化していなければ必然的に受験の合格率は上がります。
この点において影響が大きいのは国公立大学の受験です。というか、国公立大学くらいにしか丙午の影響はみられません。データをみても、国公立大学進学率は前後の年に比べて少し高いですが、4年制大学全体でみるとその差は微々たるものです。
普段倍率の高い試験であるからこそ、分母が少なくなったときの影響が大きいということなのでしょう。無論ここで述べた以外の複雑な因子が絡んでいる可能性はありますが。
労働や結婚にはたいして影響しなかった
進学面では丙午の影響があった一方で、就職率や婚姻率においては、迷信の影響をうかがわせるような変化はありませんでした。
じつは婚姻率は若干低いのですが、低下しているのが男女両方であることから、迷信以外の要因が関わっている可能性が高いのです。
ここらへんのことは論文中でもはっきりと考察されていませんが、ひとまず迷信がどうこうで片付けられる話ではないとのことです。
どれだけの人が迷信を信じた/信じるのか
1966年の直後の人口動態統計によれば、当時40歳未満の有配偶女性のうち98%が丙午の迷信を知っており、30%がその年に子どもを産みたくないと答えています。
3割とはなかなかですが、60年の時を経てその数字はどう変化するのでしょうか。ここでは参考として、別の論文「2026(丙午)年の出生についての学生の意識調査」(※6)においてのデータを示しておきます。
アンケート調査のサンプルが名寄市立大学の学生84名(回収率の影響でほとんどが女性)と少数かつ偏っていることには留意が必要ですが、結果としては、丙午の迷信を知っていた回答者は全体の4割ほどで、「20%弱の学生が気にしており、女性は半数がパートナーや両親など周囲に影響を受けると回答し」たとのことです。じわじわきてるぜ、丙午。
迷信の芽は摘んでおきましょう。いよいよここからは、再来年流行りうる迷信を先回りして潰していきます。気を確かに持てよ!
迷信を予測するぜ!的中しないことを祈るぜ!
「1966年生まれは賢い」
前回の丙午に子を成した人々は、迷信をものともしなかったのです。
つまり、バーニング姉さんなどというばからしい誤謬を退ける知力を持った者だけが、1966年に子をもうけたのです。
つまり、前回の丙午世代は、比率として賢い子どもが多いはず!
事実、かれらの国公立大学進学率は前後の世代よりも高い!ほらやっぱり!客観的事実!科学万歳!
「2026年生まれは賢い」
前回の丙午世代は賢かった。ということは、今年生まれの世代も賢くなるのでは?
実際、丙午の迷信を信じる人々は今なお存在するわけだし、そういう蒙昧の民は子作りを控えるはず!よって、2026年生まれの子どもたちは選ばれしエリートなのです!インテリ万歳!
「2026年生まれは賢くない」
でもちょっと待てよ。「丙午生まれは賢い」という認識が広まった今では、さして賢くない多くの人々もこぞって子どもを作ろうとするはず。
それに、丙午の迷信を知る人々の一部は、愚かしくも逆張りマインドで子どもを作るかもしれない。
よって、2026年生まれの子どもたちは大して賢くない!信じろ子どもの不可能性!
「2026年生まれは賢い」
でもちょっと待てよ。「丙午生まれは賢くない」という認識が広まった今では、さして賢くない多くの人々は子どもを作り控えするはず。そうして残った賢き人々だけが子どもを作る。
つまり、2026年生まれの子どもたちはやっぱり選ばれしエリート揃いなのです!万歳!とにかく万歳!
「2026年生まれは別に普通」
もうわかんないよ。なんだかんだ生まれてくる人は生まれてくるんじゃないの。べつに丙午だからどうとかないよ。ばかなの。ばかじゃないの。もうやめましょ、こんな話。
……そもそも「学力のある親のもとに生まれた子どもは賢い人間に育つ」という前提も疑わしいですが、もしインテリvs労働者階級という対立構造が持続すれば、多少はこういうばからしい噂が流れてもおかしくないでしょう。おかしいか。わかんない。わかんないです。
「わかんない」
もうおれわかんないよ!
バーニング参考文献
(すべて2024/11/09閲覧)
(※1)
国立国会図書館 電子展覧会「日本の暦」 第三章「暦の中のことば」より
https://www.ndl.go.jp/koyomi/chapter3/s1.html
(※2)
独立行政法人労働政策研究・研修機構発行 日本労働研究雑誌 2007年12月号掲載論文「丙午世代のその後―統計から分かること」より
https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2007/12/pdf/017-028.pdf
日本労働研究雑誌 2007年12月号の目次はこちら
https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2007/12/index.html
(※3)
東京消防庁 消防雑学事典「ぼやで身を焼く八百屋お七」より
https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/libr/qa/qa_31.htm
(※4)
総務省統計局ホームページより
https://www.stat.go.jp/data/jinsui/2022np/index.html
(※5)
鳥取県第52回県史だより「俗説をかわす人たち:丙午の周辺で」より
https://www.pref.tottori.lg.jp/item/453461.htm
(※6)
2026(丙午)年の出生についての学生の意識調査
https://nayoro.repo.nii.ac.jp/record/1878/files/%E5%A4%A7%E8%A6%8B.pdf