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#1 違法アップロードのスーパーノヴァ【週刊自室】

 本当にありきたりな話で申し訳ないのですが、私はYouTubeで好きな音楽に巡り会うことがときどきあって、そこからなんやかんやCDやDVDを購入することがあります。

 YouTube Premiumには加入していないので仕様にうんざりすることも多いものの、YouTubeのおすすめ機能にはさんざん救われているわけですから、頭が上がりません。
 はじめは「なに、ちょっと気になるけど俺はたったそれだけで動くほど軽い人間じゃないぞ」だとか考えておすすめを敬遠しつつも、あんまりしつこくすすめてくるものだからとうとう根負けして視聴してしまって、結局好きになるのです。度々。

 そうして知った音楽は、サブスクリプションで聴けるならそれで済ましてしまいますが、なかにはそれで済まない場合も当然あります。一昔前のインディーズの楽曲などは、サブスクに無い場合が多いのではないでしょうか。
 けれどそういった時の「サブスク無いじゃん!じゃあCD買うか。」という流れも私は結構好きです。CDだと歌詞カードも読めるし、人に貸せるし(貸したことはない)、なによりちゃんとファンをしている感覚があっていいですよね。


 ......ここで、ですよ。この流れを客観視したときに、ひとつの「おかしさ」が浮かび上がってきます。

 「サブスク無いじゃん!じゃあCD買うか」と考えているとき、私はその音楽を聴く手段を求めているわけですが、手段なら目の前にありますよね。まさに今YouTubeで聴いているのだから、それでいいじゃないですか。

 ところが私は、他の手段を探しているわけです。これは、改めて考えるとすこしふしぎではないですか。SFじゃないですか。

 これにはいくつかの理由がありえます。先に述べたCDを買う面白さ以外にも、たとえば、広告が邪魔だからとか、バックグラウンド再生ができないからとか、あるいは、

「その動画が違法アップロードだから」とか。


違法アップロードの機会提供

 私は平沢進というミュージシャンが好きで、氏のCDを7枚ほど持っています。

 好きになったきっかけは、YouTube上に違法アップロードされた一本の動画でした。
 詳細を話したところでどうしようもないのですが、なんとなしに聴いた「パレード」という曲があまりに不気味でとんちきで独特すぎて強く印象に残ってしまい、私はその後しばらくYouTube上で氏の楽曲を漁るようになりました。
 当時の私はサブスクリプションで聴くという選択肢を知らず(まあどのみちほとんどの平沢進楽曲はサブスクにないのですが)、音楽を聴くとすればYouTubeかCDでした。
 しかもまだCDを買った経験もありませんでしたから、その頃の私にとって、楽曲を探す手段はYouTubeの中にしか無かったのです。

 ただ、YouTubeの平沢進公式チャンネルから聴くことが出来るのは、アルバムの一部楽曲とアルバム全体の試聴用音源などに限られています。
 そして、YouTube上には第三者によって無断でアップロードされた氏の楽曲が氾濫しています。私はしばらくの間、その違法アップロードに頼っていたわけです。

 ここで、平沢進氏の音楽配信における姿勢について、一つ述べておくべき事があります。
 それは、「違法アップロードを黙認している」という点です。

 その理由を説明しようとすると、JASRACのあくどい商売魂への反抗だったり、コピープロテクトを掛けないことによる宣伝効果だったり、いろいろ書く必要があるのでざっくりと省略しますけれど、

 という発言から、懐の広さを感じざるを得ません。
 もちろんこれは、最終的に何らかのかたちでお金を払うことになるのが当然望ましいということをはっきり示しています。

 そういうわけで、いくつもの曲を視聴するうちに、私の中で「こんなタダ聴きをし続けていいわけないだろうが!」という道徳心が成長していき、中学二年生の夏に初めてCDを購入するに至ったのです。

 ここまでは、違法アップロードをきっかけにしてきちんとお金を払うまでのひとつの道のりとその原体験をお話ししました。違法アップロードから音楽を知る機会があるというのは、単に悪いことではないのです。
 さて、ここからは、もう一つの道のりについて話していきます。じつはここからが本題です。違法アップロードは、「きっかけ」だけでなく、「決め手」にもなりうるのです。


違法アップロードの購買誘導

 私はキリンジというバンドが好きで、ライブのDVDを二つ持っています。
 キリンジのほとんどの楽曲はサブスクリプションで聴くことが可能なので、ひとまずCDを購入することはしていません。
 まあ例によってキリンジを知ったきっかけは一本の違法アップロードされたMVなのですけれど、ライブDVDを購入するまでの道のりにも、違法アップロードは一役買っていました。
 それは、単に良い演奏を観る機会を提供した、ということではありません。

 キリンジを知ってから少し経ったあるとき、YouTube上で「サイレンの歌」という楽曲のライブ映像を見つけました。
 ピアノとボーカルがぽつぽつと呟いているような始まり方をしたその曲は、次第に音の数を増やしていきます。
 曲の終わりが近づくにつれ、「あー」とか「うー」とかのコーラスばかりが私の脳を反響して、心の隅々にいたるまでを埋め尽くしていきました。

 その映像を観た私は、快楽的な衝撃と、慰められるような安堵を覚えました。
 私はきっとこの曲をこれからも何度も繰り返し観ることになるはずだと、確信を抱きました。

 しかしですよ。もしDVDを購入したところで、スマホで聴くことは出来ないわけですよ。
 どうしても学校からの帰宅途中に聴きたかったものですから、これはどうしようかと思って、私はしばらくその動画に甘んじていました。


 しかしあるとき、転機が訪れます。

 とうとうその違法アップロードが、削除されたのです。

 私はうろたえました。もう黄昏れていく町並みを眺めながらサイレンの歌を聴くことができなくなってしまった。これは大変にショックなことです。
 しかし、あんなにも素晴らしい演奏を、これからずっと聴かずにいられようか!

 私はついに、DVDの購入を決断しました。


 テレビの大画面でライブ映像を観ながら、私はあの違法アップロードに深い感謝の念を覚えました。

 違法アップロードよ、私の前に現れてくれて、ありがとう。

 そして、消えてくれて、ありがとう。

 違法アップロードが削除されるとき、その投稿はようやく使命を果たします。

 私はその現象を、こう呼んでいます。


「違法アップロードのスーパーノヴァ」



 「週刊自室」では、事実そうで事実でない少し事実な内容のエッセイのようなものをちまちま書いていくつもりです。
 せっかく週刊と付いていますから毎週更新する所存ではいますが、状況によってそううまくいかないこともあるやもしれません。しかたないね。
 どうか今後とも、よろしくおねがいします。

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