インドからの来訪者②
滞在の初日、五戸町立公民館に保管されてある100年ほど前に作られた菱刺し前掛け2点を見るためにお連れした。桐の箱に納められ、和室に並べられたそれは厳かで、触れる時に付ける白手袋も置いてあった。見るなりマニート博士は「イッツアメージング」と連発し、両手を合わせていた。
菱刺し前掛けは明治時代に東北本線開通後、物流が豊かになり、色糸が入手可能になった時に若い娘たちの間でブームになったカラフルなエプロンだ。おしゃれができる、キレイになりたい、手の器用な娘たちは頭と指先を使って非常に細かい布目をカラフルな糸で刺しつづったのだろう。その前掛けの美しさで見初められることもあったとか。
菱刺しの歴史についての説明を受ける前のマニート博士の直感では、「これは子孫繁栄にまつわる女性のためものではないか?」「よく働くためには腰を締める。腰を締めるのはインドでも同じだ」と民族衣装サリーの内側にある腰ひもを見せてくれた。そしてその菱刺し前掛けには9個横並びに菱形が並んでいた。その意味は「子供がお腹にいるのは9ヶ月だからではないか?エモーショナル」
このほかにも、女性ならではの見解を語ったり、数字から意味合いを類推したりするようなことも何度かあった。
民芸品を「作るのではなく、生まれる」と表現した柳宗悦の民藝論がある。「したがって、それらの美しさは、人間の最初の道具である彼自身の手を使用して、彼の内なる性質を表現することによって形成される」(柳宗悦『無名の職人:日本人の美への洞察』)と述べている。マニートさんの考え方は、これに通じるものがあると感じた。
また前掛けの腰ひもに隠しポケットがあり、お金とか大事なものを入れたりしていたと説明するとマニート博士はインドにあることわざを教えてくれた。「貧しさは人をクリエイティブにする」と。
そして「この土地の先人が作った貴重な宝物を大事にして!」「インドなら、先人が遺したものをガラスケースに入れて、それを見る人は花を添えてお辞儀をする」とも。
日本人は自らの土地を愛する気持ちや尊敬が薄くなってきているのか。逆にインドではさまざまな民族や言語がある中、それぞれの文化がしっかり守られてきているのは、信仰心があってのことだろうとも感じた。
マニート博士は食事も自然な食材を食し、アーユルベーダ(インドの伝統医学)に基づき、それぞれのスパイスの効能もしっかり理解した物を食べる。一緒にいて、とても揺るぎないものを感じた。100年近くイギリスの植民地時代を経ても揺るぎないインド文化。深い。深過ぎる。インドが好きになった。
(やまだ・ともこ=南部菱刺し作家、青森県伝統工芸士)