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「名言との対話」9月1日。内橋克人「引き際の研究」

内橋 克人(うちはし かつと、1932年7月2日 - 2021年9月1日)は、日本経済評論家。享年89。

兵庫県神戸市出身。神戸商科大学卒業後、神戸新聞社記者。1967年よりフリーとなる。高度成長を支えた現場の技術者たちを活写した1978年刊行の『匠の時代ー先駆的開発者たちの実像』で脚光を浴びた。その後、「続」「続々」「続々々」「続々続々」「新」「新2」と、このシリーズは1982年まで続いている。

内橋は読売テレビ制作の『ウェ―クアップ』のレギュラーコメンテーターとして辛口の評論を語っていた姿を私も見ている。当時、日本は好調に発展を続けており、先行きに自信を示す楽観的な評論家がひしめいていた。その中で、アメリカ流の経営に対し警鐘を鳴らし続け、人を重視する日本的経営のの主張は独特であった。内橋の舌鋒は説得力があった。

今となってみれば、バブル経済とその崩壊を予言してたと思わせる慧眼の持ち主であった感じもしている。

1989年刊行の『引き際の研究』(日本経済新聞社)を読んだ。「あとがき」には日経の山田嘉郎さんには格別の手数をかけたとの記述を見つけた。山田さんは私の『図で考える人は仕事ができる』をつくってくれた名編集者だ。やはりいい仕事をしていたのだなと嬉しくなった。

「公私戴然の男・太田垣士郎・関西電力初代社長」「東京ガス・安西ファミリーの弁明」「本田三代、社長交代の流儀」「東急・五島家三代、世襲の帳尻」「日本航空・伊藤淳二の469日」「昭和の偶像・中内功の行動原理」「帝人大屋晋三、永久政権の負の遺産」「最後の保守政治家・大平正芳の現在意識」が並んでいる。

以下、内橋があげるキーワードを以下に拾ってみた。

世襲社社会。歪んだ世襲社会。停滞社会の到来。混淆と滞留社会。階層固定社会。公私戴然。禅譲放伐。新貴族社社会・新貴族社会。出処進退。教師と反面教師。何を成したか。何を遺したか。組織のしなやかさの維持。死に至る病の進行。後世に範を示すに足る、みずみずしく、潔い「引き際」が稀有。権力をもつ人の出処進退を問い直す。引き際の重要性。

この中に大事故後の日本航空に中曽根政権から送り込まれた伊藤淳二会長の例が出てくる。469日とは私の客室本部労務担当時代の御巣鷹山事故直後から広報部時代の前半の30代半ばにあたる。私は労務問題の当事者でもあった。内橋は、日航労働組合と中曽根政権に翻弄され更迭される伊藤の姿を同情的に描いている。私は本社の経営陣に近い部署で仕事をしていたから、違う印象をもっているが、そういう見方もあるだろうと思う。

この本は企業におけるトップの引き際を、いい例、悪い例をともに紹介したものだが、それは、経済・産業界だけでなく、学問と教育への浸潤にも及んでいると内橋は書く。その流れは今では政治において顕著にみられることを我々は目撃している。そして、各界のトップたちの引き際の悪さ、往生際の醜悪さは目に余るものがある。「出処進退」という最も大事な哲学、美学が廃れているのだ。

内橋克人は「混淆と対流」のエネルギーが足早に去って、雲が日本社会の天井を覆い始めているのでないかと喝破している。21世紀に入って顕著になった日本の凋落はここに原因があるともいえる。

高度成長時代に、人に着目し慧眼をもって危険な動きに目を凝らし、時流に迎合することなく警鐘を鳴らし続けた内橋克人の勇気に敬服する。

参考:『引き際の研究』(日本経済新聞社


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