「名言との対話」。11月3日。眉村卓「一日ひとつ短い話を書くことにしてん」
眉村 卓(まゆむら たく、本名:村上 卓児(むらかみ たくじ)、1934年10月20日 - 2019年11月3日)は、日本のSF作家。享年85。
大阪市出身。 大阪大学経済学部卒、サラリーマン生活の傍ら、同人誌「宇宙塵」に参加。1961年「下級アイデアマン」で第1回SFコンテスト第2席、1963年『燃える傾斜』を刊行。
1965年より作家専業となる。1979年『消滅の光輪』で泉鏡花文学賞と、優秀なSF作品に贈らえる星雲賞を受賞。1987年には『夕焼けの回転木馬』で第7回日本文芸大賞を受賞し、1996年には『引き潮のとき』で2度目となる星雲賞を受賞した。サラリーマン経験をもとに、組織と個人の葛藤を作品のテーマとしてインサイダー文学論を提言した。生涯の「ショートショート」は3000篇にのぼる。星新一の2倍である。
眉村卓の『僕と妻の1778話メモリアルセレクション52』を読了した。
1997年に妻が進行性腫瘍となる。自宅療養となり、毎日短い話を書いて読んでもらうことにした。3枚以上、エッセイではなくお話であることとした。毎日「できたん?」と妻が言い、読んでくれて、「ええんとちゃうのん」などとの会話があり、OKとなると、その原稿をポストに投函する。そういった毎日が2002年まで1778日続く。5年に近い歳月だ。その中で52話をピックアップしたのが、この本だ。
眉村は溜まっていく原稿を100篇づつ自費出版することを思いつく、タイトルは『日課・一一3枚以上』だ。「ゲラ修正」「魔除け」「絶叫ボックス」「使わなかった手帳」「椅子を占領するオバケ」神様の素」「Qさんと協会」、、などの小話が載っている。読みながら、「ああ、この人はSF作家だったな」と感じることが多くあった。エッセイではなく、お話である。この日課によるお話は18冊分の分量になっている。
眉村卓の人生を追いながら、こういうことが自分にもできるだろうか、と自分に問いかけている自分を発見している。私の場合は、毎日書いているブログが材料になる。そのブログは本日で7341日続いている。小さなテーマで、お話、エッセイ、論考などができる可能性がある。「日記」「座右の銘」「出版」「友人」「師匠」など、いくらでも冊子ができそうな気がする。