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「名言との対話」10月24日。北杜夫「わかりきったようなことに直深い謎を見い出せるのは選ばれた人たちだ」
北 杜夫(きた もりお、本名:斎藤 宗吉(さいとう そうきち)、1927年5月1日 - 2011年10月24日)は、日本の小説家、エッセイスト、精神科医、医学博士。享年84。
祖父は医師で政治家の斎藤紀一。父は紀一の養子で、歌人で医師の斎藤茂吉。兄はエッセイストで精神科医の斎藤茂太。娘はエッセイストの斎藤由香。
27歳で『幽霊』を自費出版。33歳、『どくとるマンボウ航海記』(中央公論社の宮脇俊三が編集者)がベストセラーになった。『夜と霧の隅で』で芥川賞。34歳から『楡家の人びと』の執筆を開始し、3年後の37歳で刊行した。。
学生時代に読んだ記憶のある「楡家の人びと」は、1964年に出版された。一族3代の繫栄と衰退の大きな物語を軸に近代日本の時代と運命を描いた2000枚近い傑作である。 三島由紀夫は、「これほど巨大で、しかも不健全な観念性をみごとに脱却した小説」「これこそ小説なのだ!」と最大級の賛辞を送っている。また、初代院長基一郎は、何といふ魅力のある俗物であろう」とも語っている。
北杜夫が松本高校時代に答案に書いた歌が残っている。後のユーモア満載のベストセラーを予感させる。
問題を見つめてあれどむなしむなし冬日のなかに刻(とき)移りつつ
怠けつつありと思ふな小夜ふけて哲学原論をひた読むわれを
時によりできぬは人の習ひなり坂井教授よ点くれたまへ
北杜夫が2000年の夏に書いた遺書がある。北の人生観が透けて見えるようだ。
「死亡して半月ほど発表せず、二階の書棚の石棚にある茂吉の骨とまぜ青山もちの斉藤家の墓におさめるべし。なるたけ母輝子の骨のそばやよし。通夜、葬式、しのぶ会は一切なし。死亡発表後、香典は受け取る。香典返しなし。小さな記念館だけでもつくることを許さず。」
2005年に松本清張記念館を訪問した。毎日新聞の2004年10月26日の記事に第58回読書世論調査の「好きな作家」(一人で5人挙げる)という結果が出ていた。芥川賞では、1位松本清張(22%)、2位遠藤周作(17%)、3位井上靖(13%)、4位石原慎太郎、5位田辺聖子、6位北杜夫、7位大江健三郎、8位村上龍、9位石川達三、10位柳美里。北杜夫は堂々の5位だった。
熱烈なマンボウファンであった時代に、航海記、昆虫記なども読んでいる。 この青春記は、北杜夫が40歳にならんとする時期の作品。 旧制松本高校から東北帝大医学部の間の時期の、ユーモアあふれる青春模様を愉しんだ。
久恒啓一『団塊坊ちゃん青春記』(多摩大出版会発行。メタ・ブレーン発売)。探検部中心の大学時代。羽田、札幌、ロンドン、成田に勤務し、結婚するまでの社会人時代。抱腹絶倒、波瀾万丈の笑いと涙の20代の青春を活写。登場人物は実名を採用。漱石の『坊ちゃん』と北杜夫『どくとるマンボウ青春記』を意識している。
辻邦夫と北杜夫の2人の共通項はトーマス・マンである。マンの師匠はゲーテだということだ。北杜夫は敬愛するトーマス・マンについて「マンは一語一語言葉を厳密に選びだす作業を午前中だけつづけ、いかに感興がのろうと、午後になればこれを打ち切ってしまう。」「神聖な午前」と言っている。日記を読んでいると、それがよくわかる。
阿川弘之「南蛮阿房列車」を読了。阿房列車は、内田百けんの名作シリーズで、その衣鉢を継ごうという人が誰も現れないので、試みに自分が書いてみるということで、汽車に乗る旅を好む阿川弘之が書いた本だ。列車の旅は道中をともにする相棒が必要だ。相棒は同年代の孤狸庵・遠藤周作とまんぼう・北杜夫。乗物狂でせっかちな阿川と躁病・遠藤と鬱病・北の三人を中心とする弥次喜多道中は愉快だ。
父の茂吉から可愛がられた北杜夫は、「茂吉は一生懸命生きた男だった。解剖したときには体はボロボロだった」と医者の目で見つめていた。
学生時代、北杜夫の「どくとるマンボウシリーズ」を熱心に読んだ記憶がある。一方で『楡家の人々』という大作にも触れた。躁鬱病と自らを診断したこの医者兼作家は、「わかりきったようなことになお深い謎」を見いだすことが、創造の鍵だと知っていた。確かに、常識を疑うことが契機になる。我疑う、ゆえに我あり、だ。
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作者:北杜夫
新潮社
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作者:北杜夫
新潮社
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作者:北 杜夫
新潮社