「名言との対話」10月1日。小野寺百合子「あんまりおまえさんがだれかを崇拝したら、ほんとの自由はえられないんだぜ」
小野寺 百合子(おのでら ゆりこ、1906年10月1日 - 1998年3月31日)は、日本の翻訳家、随筆家、ノンフィクション作家。享年91。
東京生まれ。東京女子高等師範附属高女卒。1927年、小野寺中尉と結婚。第2次大戦中に夫の小野寺信(ストックホルム駐在武官)とともに、7年間にわたり暗号電報打電など情報活動に従し和平工作を行った。
戦後、その経験をもとに『バルト海のほとりにて 武官の妻の大東亜戦争』(共同通信社)を書いた。クリミヤ半島のヤルタでの連合国の首脳会談でドイツ降伏後3カ月でソ連は対日参戦するという秘密協定の内容をつかみ、貴重な情報を提供したが、参謀本部に無視された。その陸軍武官の情報活動とそれを支えた妻の物語だ。また、スウェーデン社会研究所の設立に尽力し、スウェーデンの社会福祉制度を研究し、スウェーデン福祉に関する共著もある。1981年にはスウェーデン国王から勲一等北極星女性勲章を受章している。
そして、小野寺百合子は60歳以降、スウェーデンの児童文学翻訳などにあたる。代表作は、トーベ・ヤンソンの「ムーミンパパ」シリーズ「海へ行く」「思い出」「少女ソフィアの夏」「不思議な旅」は多くの読者を得た。黒いシルクハットとステッキがトレードマークのムーミンパパは、家族思い、冒険家、哲学的、少年っぽさ、小説家でもある。2022年7月に東京富士美術館「ムーミンコミックス展」をみたが、この人が翻訳者だったことを、今日初めて知った。
小野寺百合子の生涯はNHKドラマになっている。女スパイからムーミン翻訳者となっていく軌跡を追ったドラマだ。主演は薬師丸ひろ子。たった2人(夫婦)でも戦争は止められると信じていた。夫の小野寺信は陸軍少将になるが、後に百合子は『平和国家への研究 小野寺信遺稿集』を刊行している。
「あんまりおまえさんがだれかを崇拝したら、ほんとの自由はえられないんだぜ」は、ムーミンパパの『ムーミン谷の仲間たち』の中で、登場するスナフキンの言葉だ。個人崇拝を戒めた教訓である。「非交戦国家」宣言をして中立政策をとっていたスウェーデンは、ヒットラーのドイツ帝国の圧力を受けて、8000人超の義勇兵を送るなどソ連と闘うはめになってしまった。こうういう歴史の教訓をこの言葉は教えてくれる。重い意味のある言葉なのだ。小野寺百合子のこの訳には深い意味が込められている。
第2次大戦中のスウェーデンでの活動の教訓が、60歳以降のムーミンパパの翻訳に生きている。平和を希求する小野寺百合子は、ムーミンパパの翻訳で遅咲きの人生を締めくくったのだ。
この文章を書いている最中に、新党さきがけの党首だった武村正義さんの訃報が目に入った。この人の愛称は「ムーミンパパ」だった。それを思いだした。これもなにかの縁だろう。