「名言との対話」岩井保「不備な点が多々ある入門書になったが、高度の専門書への橋渡しになることを私はひそかに願っている」
岩井保(いわい たもつ 1929年7月17日〜2014年10月23日)は、生物学者。享年85。
島根県出身。1961年京都大学大学院農学研究科博士課程修了。京都大学農学部教授。専攻は魚類生物学。主な著書に『水産脊椎動物2 魚類』『検索入門 釣りの魚』『魚の事典』(分担執筆)『旬の魚はまなぜうまい』などがある。
『魚学入門』(恒星社厚生閣)を読んだ。「入門」とタイトルにあるが、相当なレベルの人向きの入門書だ。実に深い世界が横たわっていることに圧倒される。これを機会に魚学を少しだけ学んでみよう。
魚類は化石に残っているカンブリア紀(500万年ー6000万年前)から始まって、繁栄と絶滅の栄枯盛衰を繰り返しながら進化している。この本を書いた時点で、世界では25000種確認されており、毎年200種ほど増えている。日本近海では2500種という説を紹介している。おざっぱにいって、日本近海には世界の1割の魚がいると覚えておこう。
無顎類、軟骨魚類から始まって魚類の分類を論じた後、「分布と回遊」「体系と形態測定」「体表の構造」「筋肉系」「骨格」「摂食・消化系」「呼吸器」「循環系と浸透調節」「神経系」「感覚器」「発音、発電、発光」「内分泌系」「生殖腺と繁殖洋式」「仔魚・稚魚」と続く。人間の人体と同じだ。
第13章の「摂食・消化系」では、食性には動物食性、肉食性、植物食性、草食性、雑食性などを紹介している。成長段階で食物の種類はかなり違うとのことだ。
第20章の「発音、発電、発光」では、これらはコミュニケーション、防御あるいは攻撃などの手段として重要な役割を果たすとしており、一部の魚類ではこれらの行動に適した特殊化した構造が発達する。多くは、警戒、威嚇、コミュニケーション、求愛などで音を発する。シビレエイ、エデンキウナギなどの発電魚は、放電によって捕食、防御、コミュニケーションなどを行う。強電気魚と弱電気魚がいる。
岩井保は1949年に恩師から、魚類を大学ノートに転写する手仕事を最初に指示された。この作業の過程で記載の要領と図の描き方を習得している。私は植物学の牧野富太郎の写生能力に驚いたことがあるが、写真の発明や複写機器などがあらわれる以前は、生物学者は絵と図が上手くなければ大成しなかった。岩井はその時代の生物学者だった。
それから半世紀、遺伝子解析、昼夜の観察などによって、魚類の生理学的、生態学的研究はめざましい進歩を遂げており、その発展の過程にあったことから、岩井の入門書は、基礎的な「形態」に重点を置くことになった。
岩井門下生の森野浩の追悼文「恩師 岩井保先生を偲んで」を目にした。「アユの初期発生」が学位論文の岩井保は専門著書だけでなく、一般向けの書を多く刊行した人だ。『旬の魚はなぜうまい』という岩波新書まで書いている。控え目な人柄であったが、1970年代の大学紛争時には、学部長、学生部長として矢面に立ったそうだ。弟子たちは専門の研究がおそろかになることを心配していたそうだ。そして、「先生の学問体系は「魚類学」というよりも「魚類生物学」と呼ぶべきかもしれません」とも指摘している。食糧視点の水産学ではなく、生物としての興味から発する生物学に近い分野を開拓した人なのだ。
専門を究めた学者が、やさしく教えてくれる入門書は貴重だ。『魚学入門』は初版は2005年であるが、2013年には第5刷になっているところをみると、この分野の後輩たちが必ず目を通す入門書になっていると推察される。2万種以上の多種多様の魚類の特徴の記述は簡単ではないが、高度の専門書への橋渡しという初志は十分に達成されているのではないか。
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