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ムハマド・ユヌスの偉業に学ぶPMとしての姿勢

久津(@Nunerm)です。

ムハマド・ユヌスと言う人物をご存知でしょうか。

バングラディシュの経済学者で、マイクロクレジット(=貧困層に無担保で少額の資金を貸し出す貸金業)を行うグラミン銀行を創設したことで多くの貧困者を救い、2006年にはノーベル平和賞を受賞された方です。

この方の自伝を読んだのですが、バングラディシュに存在する「貧困」という問題を解決に導くプロセスや姿勢が、PM(プロダクトマネージャー)である自分にとっても非常に参考になるものだったので、このnoteでまとめます。


本当の問題を見つけるために現場を見にいく

バングラディシュが外国から受けた資金援助は過去二十六年間で300億ドル以上にのぼるが、その75%は、現金の形ではバングラディシュには届いていないという。(P46より)
海外の援助は通常、道路や橋を作ったりという、貧しい人々を"長い目で"援助する方針で行われている。しかし、長い目でなどみていたら、貧しい人々は飢えて死んでしまうだろう。(P47より)
こうした援助から直接的、間接的に利益を上げている人々は、実際にはすでに富を得ている人々であり、(中略)もし援助を、貧しい人々の生活に何か効果を与えるものにしようとするなら、貧しい家庭の中でも特に悲惨な立場に置かれている女性たちに直接届くように、方法を変えるべきであろう。(P47より)

ユヌス氏は、国や銀行が行う資金援助は一見貧困撲滅に直接作用するように思われるが、実態として最も資金を必要とする貧困層の女性に資金が届いていないことを指摘しています。

これに気づけたのは、ユヌス氏が教授を務めているチッタゴン大学の近くのジョブラ村でフィールドワークを行い、実際に貧困層の女性と対話をしたたためです。

当時のバングラディシュの文化では、女性は働くことはおろか人前に出ることすら禁止されるようなものでした。家の片隅で家事・子育て・内職を行い、さらに夫に家計を握られているためお金を持つこともほとんど許されません。そんな状況で国や銀行からお金をバラまかれても、腐敗の進んだ企業や自治体に中抜きされ、残ったお金も夫に全て取られてしまうのです。日本でも効率の悪い国会運営や選挙活動にばかり税金が投入され、既得権益ばかりが得をし、本当に資金が必要な教育や福祉にいつまでたってもお金が行き渡らない構図が見られますね。

一見既存のソリューションで問題を解決しているように見えるものも、現場のユーザーが置かれている状況を自分の目で見てユーザと対話をすることで、そのソリューションが本当に問題解決に繋がっているのかを知る必要があります。解決されていないのなら、別のソリューションを生み出す必要があります。そこにビジネスチャンス、あるいは自分のプロダクトの改善ポイントが存在するはずです。PMとしてこれは重要な視点です。


曖昧な定義を具体化して分析可能にする

貧困の定義は、より幅広く、三つに分けて考えるのがいいと思う。
 貧困1:底辺から人口の10%
 貧困2:底辺から人口の35%
 貧困3:底辺から人口の50%
各区分の中には、さらに細かい区分を設ける。地域、職業、宗教、人種的背景、性、年齢などによる分類だ。(P109より)
はっきりした境界を設けておかないと、現実に貧困の領域に属し、そのひどい苦しみから抜け出そうとしている人たちが、いつの間にか貧困ではない人として分類されてしまう危険性があるのだ。(中略)曖昧で不正確な定義を設けることは、定義づけを全くしないのと同じくらい悪いことだ。(P109より)

「貧困層」というのは非常に曖昧な定義です。このグラミン銀行の目的は「貧困層を無くすこと」なので、この「貧困層」が一体誰なのかを明確にする必要がありました。既存の国や銀行による支援はこの定義が曖昧なまま実施されていたため、貧困者に資金が行き渡らない、つまりソリューションが問題解決に繋がっていない事実に気づくことすらできていなかったのです。

ユヌス氏は明確に「貧困1の女性」をターゲットに決めました。そのターゲットに最適な貸付方法(無担保貸付、グループ貸付、毎週少額返済など)を開発したことで、問題の解決に繋げることができ、またその効果の測定(分析)も容易にしました。

マーケティングにおいても対象ユーザーのことを考える時に「ミレニアム世代」とか「主婦層」とか曖昧な定義で物事を考えてしまっては、効果的なマーケティングはできません。プロダクトがもたらすソリューションを届けるべきユーザーは誰なのか、そして本当に届けられているのかを把握する上でも具体化された定義は必要になります。ただし逆にあまりに細分化しすぎると分析が難しくなるのである程度のバランスが必要ですが、とにかく「曖昧な定義をなくす」ことが求められるのです。

※セグメントの粒度に関してはメルカリの樫田さんのスライドが参考になるので貼っておきます。


常識を疑い、データで意思決定する

なぜ銀行家たちは担保をとることを主張するのだろうか?なぜ、それが絶対必要だというのだろうか?なぜ銀行システムの設計者は、経済的差別を生み出すようなやり方を選んだのだろうか?私は、そういった考え方や概念というものが、疑問も持たずに次の世代に受け継がれていってしまうのではないかと思う。(P121より)
私が非常に驚いたのは、担保もない借り手たちの資金の返済状況が、大きな財産で支払いを保証している人々に比べてずっといいということだった。実際、私たちのところで資金を借りている人たちの98%以上が、きちんと返済していた。貧しい人たちには、その資金は、今の貧しい生活状況を打ち破ることができる唯一の機会だということがよく分かっているからだ。彼らには、頼るべき蓄えといったものは何もない。だからこそ、このローンの返済に失敗したら、生きていくことさえ危うくなることが分かっているのだ。(P121より)

「貧困層への貸付には担保が必要」というバグラディシュの銀行業界の常識をユヌス氏は疑問視しています。要は貧困層は返済能力が低いので、担保がないと貸し倒れリスクが高すぎると銀行が思い込んでいるのです。

ユヌス氏が考える「本当にお金が必要な貧困層」は担保を用意することすらできません。つまりこの常識がまたしても貧困層にお金が行き渡ることへの阻害要因となってしまっています。ユヌス氏は無担保での貸付を始め「貧困層の返済率は高い」というデータを得ることで、自身のビジネスモデルの成功への自信を得て拡大に成功しました。

世界の各業界にも様々な「常識」が蔓延っており、それが問題解決を阻害しているケースは多々見られます。そしてAirbnbやUberのようなスタートアップがその常識を破壊して多くの人々の問題を解決しています。無意識のうちに常識を受け入れてしまっていないか、その常識は本当に正しいのか、常に疑って自ら検証する姿勢はPMとして持っておきたいと思います。


新しい市場に投下する際にはローカライズを行う

グラミンは、どこか新しい場所で活動を始める時には、何であれ急いですることは決してなかった。これは私たちの成功の重要な要素なのである。(中略)素早くことを起こして失敗するよりも、ゆっくり着実に、物事を正しい方向に進めていったほうがいいと私たちは信じていた。
(中略)すべてが上手くいっている時にだけ、スピードを上げることができるのだ。(P193より)

「ゆっくり」という言葉に誤解が生まれるかもしれませんが、ユヌス氏のやり方は「小さく始めて上手くいくやり方が見つかったら拡大していく」です。マイクロクレジットはバングラディシュにおいて過去に類を見ない画期的な取り組みだったため、新しい村で融資を行おうとしても「詐欺ではないか」という疑いの目が多くありました。別の村で成功しているからといって、その疑いを晴らすことなく同じやり方を装着させようとすると確実に失敗してしまいます。よって「ゆっくり」「着実に」下地を作ってローカライズしてからスピードを上げることを心がけています。

プロダクトマネジメントにおいても既存のソリューションを別のマーケットに投下する際、ローカライズは必要になります。例えば最近撤退が発表されたメルカリUKのPMの方のお話では、UKの文化や価値観に合わせるべくユーザーインタビューなどを繰り返し、UKに合わせたプロダクトをじっくり作っているとのことでした。その結果として「撤退」の判断になったのですが、ローカライズをせずに日本仕様のまま広宣費などの大量投資をしていたら大きな損失が生まれたはずです。ゆっくり着実にローカライズを試した結果、拡大が難しいことがわかり、早期撤退を決断できた良い例だと個人的には思っています。


今回取り上げた例以外にも、ステークホルダーマネジメント(バングラディシュ政府や世界銀行との関係性)や、ユーザーの心理分析(職業訓練を行うとその訓練に依存してしまい自立しなくなる)など、PMとして参考になるエピソードが数多く見受けられました。

興味を持たれた方は一度読んでみてはいかがでしょうか。

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