見出し画像

ビリー・ホリデイのおだやかな孤独 〜『ソリチュード』

(4 min read)

Billie Holiday / Solitude

ビリー・ホリデイの1956年クレフ盤アルバム『ソリチュード』。けっこう好きで、むかしから愛聴してきていますが、56年の12インチはリイシュー。もとは52年に10インチで同社から『ビリー・ホリデイ・シングズ』というタイトルのもと発売されていたものです。10インチ・フォーマットが廃れ12インチで再発するとなったときに曲数も8から12と増えました。12インチ(や CD や配信)で追加されたのはラスト四曲「エヴリシング・アイ・ハヴ・イズ・ユアーズ」「ラヴ・フォー・セール」「ムーングロウ」「テンダリー」。

このアルバム『ソリチュード』でのビリー・ホリデイはとてもリラックスしているというのが大きな印象ですね。バック・バンドもそんな演奏ぶりで、オスカー・ピータースンを中心にトランペットとテナー・サックスの二管をくわえたジャズ・バンド。言ってみれば、やはりジャズ・コンボがスウィンギーな伴奏をつけた1930年代後半のコロンビア系レーベル時代を彷彿させるセッションで、ぼくはヴァーヴ系レーベル時代のビリーもなかなか悪くないと思っておりますね。

そんな雰囲気は1曲目「イースト・オヴ・ザ・サン」2曲目「ブルー・ムーン」あたりを聴くだけで納得していただけるのではないでしょうか。ビリーのヴォーカルだけをフィーチャーしたというわけでなく、バンド・メンバーにもソロのチャンスを与えて、演唱全体がジャジーに仕上がるように工夫されています。工夫というか、聴いた感じなんの変哲もないリラクシング・セッションといった趣で、ビリーとバンドの持ち味を活かすには申し分ないプロデュースでしょう。

このレコードをむかし大学生のころはじめて聴いたときは、B 面の「ラヴ・フォー・セール」が衝撃でした。ジャズ楽器奏者も歌手もわりとビートを効かせてアップ・テンポで快活に料理することの多いこのコール・ポーター・ナンバーを、ここでのビリーはオスカーのピアノ一台だけの伴奏にして、しかも全編テンポ・ルバートに設定しています。深みと暗みと翳をとても濃く感じる表現で、愛を売りますというこの曲のテーマをこれ以上哀しく歌ったヴァージョンはないのではないでしょうか。胸に迫るというか、突き刺さる人間味を感じますね。

ふりかえってみれば、このアルバムにはピアノだけ伴奏というに近いアレンジでしっとりと歌ったものがそこそこあります。6曲目「ジーズ・フーリッシュ・シングズ」8「ソリチュード」などもそうですね。管楽器もほぼお休みで、ふだんのピアノ・トリオでの演奏はどうにも好きになれないオスカー・ピータースンが、これ以上ない的確で美しい歌伴を聴かせてくれているのもグッド。歌伴のオスカーは好きですね。

しかもビリーの歌も落ち着いたフィーリングで、「ラヴ・フォー・セール」ではおそろしさすら感じる出来なんですけど、いっぽうそれ以外のこういったピアノだけ(に近い)で歌ったトーチ・ソングにはむしろ暗さはなく、おだやかで落ち着いた心境がヴォーカルの味ににじみ出ているところが実にいいですね。聴いていて落ち着けて快適です。ホーンが参加するアルバム終盤の「ムーングロウ」「テンダリー」も同様です。

「エヴリシング・アイ・ハヴ・イズ・ユアーズ」も同趣向。このアルバムで聴ける歌と演奏はおだやかさ、静けさといったあたりが大きな特色なのでしょう。そうかと思うと7曲目「アイ・オンリー・ハヴ・アイズ・フォー・ユー」は歌の内容にあわせたようにハッピーで楽しいスウィング感を打ち出しているのにも好感をいだきますね。この曲では(やや派手めの)バンドの演奏とアレンジも聴きものです。

(written 2020.5.17)


いいなと思ったら応援しよう!