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ニュー・オーリンズ・ジャズのあの空気感 〜 ドク・スーション

(8 min read)

Edmond “Doc” Souchon / The Lakefront Loungers and His Milneberg Boys

きのう書いたスクィーレル・ナット・ジッパーズの新作アルバムはドク・スーションにフォーカスしたものでしたが、そんなわけでエドモンド・ドク・スーション、Spotifyにあるということで、実はいままで聴いたことなかったからいい機会だと思い、流してみました。

ドク・スーションは1897年にニュー・オーリンズで生まれたジャズ奏者&研究家。ギターやバンジョーを弾き、また歌い、1968年に亡くなるまでずっと発祥期のニュー・オーリンズ・ジャズを仲間たちと演奏し、また古いニュー・オーリンズ音楽のレコードや同地のさまざまな文化物の蒐集・保存に力を尽くした人物です。

Spotifyに唯一あるドク・スーションのアルバム『The Lakefront Loungers and His Milneberg Boys』は、たぶんこれ、2in1 でしょう。いつごろの発売なのか、2in1でCDリイシューされたのは21世紀のことかもしれないけど、オリジナル・レコードは1960年代の発売だろうと思います(ドク・スーションは1968年没ですから)。録音年がはっきりしませんが、1950年代末〜60年代前半との情報もあります。

アメリカ南部ルイジアナ州ニュー・オーリンズでジャズが誕生したのがいつごろのことだったのか、19世紀の終わりごろだったんじゃないかという話ですけど、なにしろその当時の録音が残っているわけじゃないので、その姿そのままをぼくたちが聴くことはできません。

クラシック音楽と違ってジャズは譜面で保存することも不可能でありますから、なんにつけてもとにかくレコードが大切なわけですけど、ジャズの史上初録音は1917年(オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンド、ODJB)。その後はどんどんレコードが出るようになりましたが、すでにニュー・オーリンズ現地におけるジャズのピークは過ぎていたわけであります。

同地出身のキング・オリヴァーにしろサッチモことルイ・アームストロングにしろジェリー・ロール・モートンにしろ、録音したのはニュー・オーリンズを離れた1920年代以後のことで、その最初期録音ですら、もはや彼の地の、往年の、ジャズ最盛期の、空気感を嗅ぎとることは不可能です。ニュー・オーリンズ生まれで最も有名なジャズ音楽家は間違いなくサッチモでしょうけど、サッチモの残したレコードにニュー・オーリンズ・ジャズの香りはまったくなしですからね。

と、こうぼくが書けるのも、実は発祥期のニュー・オーリンズ・ジャズの姿、スタイルをそのまま真空パッケージしたように保存した古老たちが例の1940年代ニュー・オーリンズ・リヴァイヴァルでどんどん録音したレコードを聴いているからなんですね。バンク・ジョンスン、ジョージ・ルイス、スウィート・エマ・バレットなど、ああいったジャズ演奏家たちのレコードは、ぼくがジャズに夢中な大学生だった1980年代初頭にあっても問題なく買えたんです。

すると、それらで聴く発祥期そのままのニュー・オーリンズ・ジャズとは、キング・オリヴァーやサッチモ、モートンらの音楽となにもかも違っているじゃないかということに気がついたわけですね。まず第一にソロがほとんどなく、曲の最初から最後まで合同演奏で進みます。

曲のレパートリーだって違えば、さらに最大の違い、というか発祥期ニュー・オーリンズ・ジャズで最も顕著な特徴は、<あの空気感>としか呼びようのないオーラみたいなものです。ぼくはニュー・オーリンズ現地にちょっとだけいたことがありますが、あの土地で呼吸してみてはじめて理解できる、独特のヴァイブがあるんです。

そんな空気感を1940年代以後のニュー・オーリンズ・リヴァイヴァルの古老たちは数十年が経過してもよく残していて、鮮明に再現してくれていました。なんというか南国の、あの強い日差しのもと、ジリジリ焼けつくような、音楽のサウンドやリズムにも反映されるあの空気感、雰囲気、それこそがニュー・オーリンズ・ジャズなのです。真夏に一週間も滞在すれば、だれでも感じることができます。

ドク・スーションは1897年生まれですから、1940年代のリヴァイヴァルで録音した古老たちよりはやや若い世代です。同地の生まれ育ちとはいえ、発祥期のニュー・オーリンズ・ジャズの姿はかすかに憶えているといった程度じゃなかったでしょうか。ドク・スーションのばあいは、生育環境もありましょうが、なにより後年の学習によって獲得した部分が大きいような気がします。

Spotifyにあるドク・スーションのアルバムを聴いていると、あの時代の、発祥期の(ジャズを中心とする)ニュー・オーリンズ・ミュージックの姿が鮮明によみがえります。それは1940年代のニュー・オーリンズ・リヴァイヴァルで録音した同地の古老たちがやったジャズに相通じるものなんですね。あの、ニュー・オーリンズの、独特の空気感、フィーリングをドク・スーションはよく再現してくれています。

ちょっとおもしろいのは曲のレパートリーです。「ダウン・バイ・ザ・リヴァーサイド」のような、リヴァイヴァル期の古老たちもよくやったようなスタンダードをたくさんやっていますが、これが初期ニュー・オーリンズ・ミュージックにふくまれるんだなあとちょっと驚いたものだってすこしあります。

たとえば、1920年代の北部都会派女性ブルーズ・シンガーたちがよく歌った「トラブル・イン・マインド」をジャズ・ミュージシャンがインストルメンタル演奏するのははじめて聴きましたし、またODJBの「オストリッチ・ウォーク」は彼らのオリジナルで、早い時期にレコード発売されましたが、これなんかも現地ニュー・オーリンズで演奏されていたとはねえ。「スタック・オ・リー」のような伝承フォーク・ナンバーもあるのはちょっとした驚きです。

このへん、ドク・スーションは特にニュー・オーリンズ現地に根付くジャズ・レパートリーと限定せず、あの時代の当地にゆかりのある文化遺産的な意味合いで、後年レコードで聴いて自身の演奏曲目に追加したんじゃないかという気がします。もとはといえばジャズとは演奏の方法論であり、曲そのものにジャズ・ソングなんてものはないわけです。同時代のポップ・ソングでもなんでも、なにをやってもジャズ・スタイルで料理したものがジャズなのです。

そんなこともまた、発祥期のジャズとニュー・オーリンズ文化を研究しつくしたドク・スーションならではあるな、このひとはわかっている、ホンモノだったなと実感できたところで、ジャズ・ミュージックのことを再確認しました。

(written 2020.10.24)

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