マイルズ・ブートのことだって聞かれれば知っていることはすべてお答えします
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このブログのアクセス解析を見ていると、どうもマイルズ・デイヴィスのブートレグCDはなにを買えばいいか?推薦品はどれ?っていう種類の情報を求めて訪問されているケースがわりとあるようです。
記事へのコメントというかたちで水面上に出てくることはほとんどないんですけど、なにかチラチラとこちらに伝わってくるものがあります。以前はブログをお読みになったということで(なぜか)TwitterのDMでブート購入アドバイスを求められ、ていねいにお返事するといきなり「先生」と呼ばれ、おおいにめんくらったことも。
たしかにマイルズについてたぁ〜っくさん書いてきたし(中山康樹さん亡きあとたぶんぼくがいちばん書いているはず)、そのうち最初の数年はブートの話もちょこちょこしていました。違法物体であるブートCDはおおっぴらに話題にしにくいせいで、マイルズでもオフィシャル・アルバムほどの情報がゲットしにくいですから。
それでもソーシャル・メディアやブログでぼくがマイルズ・ブートの話をあまりしなくなったのは、基本的に音楽はサブスクで聴くということになったというのが最大の理由。地下CDしかない世界で、音楽家や会社にちゃんとロイヤリティを払うSpotifyなどにブート音源があるわけないじゃないですか(が、実はマイルズもちょっとだけある)。
さらに、2022年、もはやマイルズ・ブートはほぼ出尽くしたのではないかという感触もあること。本人が亡くなった1991年9月を皮切りにまるで堤防が決壊したかのごとく一時期はリリース・ラッシュだったんですけど、2015年ごろからかなり落ち着いてきているようにみえます。15年というと中山さんが亡くなった年。
いちおう細々とチェックは続けているものの、個人的な興味もほぼ消滅しかけているというのが正直な気持ち。公式アルバムだけで90作ほどもある音楽家で、それらをしっかりていねいに(サブスクででも)聴きかえせばいまだにハッとする気づきがあったりするわけですし、「マイルズ・ブート」という世界は終わりつつあるようにもみえます。
それでもマイルズ界に新規参入されたかたがたにとっては新鮮味があるに違いなく。背徳感に満ちた禁断の領域に足を踏み入れるのはスリリングですからね。もうそこを抜けつつあるぼくは、そうしたファン向けの、なんというか一種の「マイルズ・ブート入門」的なことを書いておこうなんて気はほぼありません。
だってねえ、いくら書いたって、読んだその場でサッと聴ける公式音源と違って、初心者はどこで買えばいいかもわからないでしょうから。看板も出していないような雑居ビル二階の一室に構えた専門ショップ(at 渋谷)が見つかっても、決して安価じゃない。一枚ものでも4000円近くすることもあり。
貴重で必須の研究資料としてきたブート音源も、重要で意義深いものは主にレガシー(コロンビア)がだいぶ公式化しました。『カインド・オヴ・ブルー』(1959)レコーディング・セッション時の完成形別テイクをふくむ一連のスタジオ・シークエンスも出たし(『カインド・オヴ・ブルー』レガシー・エディション)、
1970年6月のフィルモア・イースト 4 days だってまるごと公式発売されました(『マイルズ・アット・フィルモア - マイルズ・デイヴィス 1970:ザ・ブートレグ・シリーズ Vol.3』)。
ジョン・コルトレインやウィントン・ケリーらを擁したレギュラー・クインテットで1960年春に行った欧州ツアーだって公式化したし(『ザ・ファイナル・ツアー:ザ・ブートレグ・シリーズ Vol.6』)、
67年冬の欧州ツアーもあって(『マイルズ・デイヴィス・クインテット:ライヴ・イン・ユーロップ 1967:ザ・ブートレグ・シリーズ Vol. 1』)、
名高い73年ベルリン・ライヴだって公式化ずみ(『マイルズ・デイヴィス・アット・ニューポート 1955-1975:ザ・ブートレグ・シリーズ Vol.4』)。
一部がリアルタイムで『ライヴ・イーヴル』に収録発売され、こ〜れはソースを聴きたいぞっ!とファンが渇望し続けていた1970年12月のワシントンDC、セラー・ドア 4 days ライヴも、ブート四枚バラで出て狂喜乱舞即購入した直後に公式リリースされたんですからね(『ザ・セラー・ドア・セッションズ 1970』)。
その他た〜くさん、公式発売されました。ここ10数年で。
それら、ぼくら世代のマイルズ・ファンには長年ブートしかなく、研究のためと思えば買わずに知らん顔というわけにいかなかったんですけれど、公式化されたんですからひと月¥980のサブスクでどれもぜんぶ不足なく聴けるので、ぼくだってそうしているんです。
スタジオ正式録音がブートでリリースされるのは関係者からの横流しでしょう。倉庫にちゃんと残っているわけですから、エステートと会社がその気になりさえすれば公式化は容易だし、1970年代のスタジオ未発表音源なんかは公式ボックスのブックレット記載の曲目欄に「これは日本のブートレグでこういう曲名になっていたものだ」と付記されてあったりすることがあって、笑いました。
ライヴ・ソースで、オーディエンス録音じゃないマトモな音質のものは、現地のラジオやテレビで当時オン・エアされたものを使っています。そうじゃないとライヴ会場でサウンドボード録音なんてできませんし、音楽的な審美や価値を判断するにはちゃんとした音質じゃないとむずかしく。
1960年の欧州ツアーだってラジオ放送、67年の欧州ツアーもそうだし、なぜかいまだにほんの一部しか公式化しない69年ロスト・クインテットのライヴも欧州各地のラジオ放送音源からブート化しています(もっと公式化してほしい)。
1973年、75年の日本ツアーからも高音質ライヴ・ブートが数種出ていますが、いずれもNHKなどでテレビ放送されたものです。当時あるいは再放送でごらんになったというファンがいまだに大勢いらっしゃるはず。
そういった放送音源が公式化するのは、レガシーなどが放送局と交渉し、権利を買い取っているわけです。
会社が正式にライヴ録音したにもかかわらず一部しか、あるいはまったく、発売していないというものは、年月を経ればボックスものなどでリリースされるケースばかり。1970年フィルモア 4 days やセラー・ドア・ライヴはそう。音質までまったく同じものがなぜ公式発売直前にブートでリリースされるのか、謎ですけどね。やはり会社内部からの流出でしょうか。
ともあれ、マイルズ・ミュージックをじっくり楽しみ考察する上で絶対に欠かせない重要なものは、大半が公式リリースされました。むろんきちがいじみたマニアはどんなものでも買いまくり隅々ををほじくって微細な差異を聴きとり楽しむんですが、一般的なファンなら、いまやマイルズ・ブートを執拗に追いかける意味なんて、ほぼないのでは?
そんなことにお金と労力を費やす余裕があるなら、公式アルバムをもっとじっくり聴き込めば収穫も多いですのに。
公式アルバムはメインの食事で、ブートっていはばサプリメントみたいなもん。食事せずにサプリばかり飲んでいるのって無意味だし本末転倒でしょう。マイルズ・ブートばかり掘っているファンって、だいたいが公式音源の話を滅多にしませんが、聴き込みすぎてもう飽きたのでブートということ?あるいはブートを追いかけることじたい目的化し行為に酔っているのなら、立ち止まって考えなおしてみたほうがいいのかもしれません。
くりかえしますが、山ほどある公式アルバムだけでも人生をかけてじっくり取り組む価値と深み、奥行きのある音楽家がマイルズ・デイヴィス。ぼくなんか公式作品のどれ聴いてもいまだネタが尽きず新鮮ですけどね。
(written 2022.4.15)