イージー・リスニングといえるマイルズのアルバムがいくつかあって 〜『マイルズ・アヘッド』
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Miles Davis / Miles Ahead
マイルズ・デイヴィスのキャリアでというのみならずジャズ史上でも屈指の名作とされる『クールの誕生』(1957)も『カインド・オヴ・ブルー』(59)も『イン・ア・サイレント・ウェイ』(69)も、いまのぼくは一種のイージー・リスニングみたいなもんとして聴いていることがあります。
ことばを換えればBGM的ってことで、こんなこと言うと各所から石投げられそうですけども、ぼくのなかでは間違いないかと。そんなマイルズ本来の特質がいちばんはっきり表れているのがギル・エヴァンズ編曲指揮の大編成ホーン・アンサンブルと共演した『マイルズ・アヘッド』(57)です。
ところで本作のオリジナル・ジャケットは上に掲げたヨットに女性とこどもが乗ってくつろいでいるものなんですが、どうして黒人ミュージシャン本人を使わないんだ?!というマイルズのクレームによってわりとすんなり下掲のジャケットに変更されました↓
1971年の『ジャック・ジョンスン』とちょっと似たジャケ変更で、その後は『マイルズ・アヘッド』も演奏中のマイルズの姿を写したこれのまま現在まできています。ディスクであれサブスクであれ今やこれしかないので、ヨット・ジャケなんか見たことないよというファンだってけっこういるかも。
しかし、イージー・リスニングというかなめらかで聴きやすい音楽性のことを考えたら、実はヨット・ジャケのほうが中身によく合致しているんじゃないか、初出のこれのままのほうがよかったよなあというのがぼくの本音ですねえ。
ともあれ『マイルズ・アヘッド』の音楽はスムースで丸くおだやか。火花を散らすようなインプロ・バトルなんかどこにもなく、ギルの手により徹底的に練り込まれたやわらかいホーン・アンサンブルがどこまでも美しく楽しく、まるでお天気のいい暖かい日にぼんやり空を見あげ雲がゆっくり動くのをながめているような、そんな心地がするでしょう。
あるいはひょっとして、フリューゲル・ホーンで吹くマイルズのラインすらギルのペンであらかじめ譜面化されていたのではないか?整いすぎだ、と疑いたくなってくるくらい完璧にアンサンブルとみごと不可分一体化しています。
発売用のプロダクションで片面五曲づつメドレーっていうか組曲みたいに連続してどんどん流れてくるのだっていいし、とてつもなく美しいけれど壮大感がなく、全体としてこじんまりまとまったプリティでキュートな小品といったおもむきなのも2020年代の気分です。
ごりごりハードにグルーヴするものだってたくさんやったマイルズですが、実は『マイルズ・アヘッド』みたくムード重視でふわっとソフトにただよう感じのものこそ本領だったのではないか、というのがこのごろのぼくの嗜好と見解ですね。
(written 2023.2.2)