上海ノスタルジア 〜 しんどいときの音楽(23)〜 林寶
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林寶 / 上海歌姫
ところで「歌姫」ってことばに拒絶感を示す向きもあるようで、特に一部のフェミニスト界隈がそうなんですけど、その気持ち、実を言うとぼくもちょっとわからないでもありません。なんかね、若い女性を玩具視しているような印象がかすかに匂います。
がしかしそれは考えすぎというもの。歌姫はべつにそんな問題になるタームでもなく、外国語なら diva といえるものを漢字圏では歌姫というだけのことで、ディーヴァに違和感なきひとは歌姫もべつにおかしくないはずですよ。
そんなわけで上海出身の中国人歌手、林寶(りんばお)の傑作『上海歌姫』(2011)の話をふたたびしたいと思います。第二次大戦前のジャジーな上海歌曲をレトロにとりあげた企画作で、こ〜れがやわらかいノスタルジーにつつまれていて、実にきれい!
有名曲のカヴァー集なんですけど、唯一アルバム題になった3曲目の「上海歌姫」だけは本作のために用意された新曲。作品のテーマを言い表したもので、上海時代曲を歌う若い女性歌手という像をきれいに表現しています。
「上海歌姫」だけはサウンドもややコンテンポラリーなポップスに寄せたような内容ですが、それを除けばアルバムは全編で完璧レトロなおもむき。ピアノを中心とするリズムとストリングス+木管中心のオーケストラが奏でる響きもたおやかで実にすばらしい。
林寶のヴォーカルも、曲によってキュートでコケティッシュな味わいをみせたり、しっとりとした大人の女性を表現するていねいなスタイルまで、その変幻自在ぶりもあざやかで聴き惚れます。ラテン風味がまずまず出ているアレンジも聴かれるのだって、いかにもあの時代っぽいですね。
アルバム・ラストの10「天涯歌女」は1曲目のリプリーズですが、幕閉めらしいドラマティックな構成になっていて、歌が終わると二胡に続きピアノに導かれて聴こえてくるストリングス・オーケストラのフレーズが「在し日」への憧憬をとてもとても強くかきたてて、切ない気分にひたらせてくれます。
(written 2023.9.10)