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ジャズ・ピアノの父、アール・ハインズの「サムウェア」が大好き

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Earl Hines / Somewhere

「ジャズ・ピアノの父」とまで言われた偉大なアール・ハインズ(1903-83)の功績は、ぼく世代くらいまでだと入門時にこれでもかというほど叩き込まれたんですが、近年は名前すらさっぱり出なくなりましたね。ジャズの世界で整った右手シングル・ノート・ラインを弾くというのはハインズの発明なのに、あまりにもあたりまえになったからでしょうか。コロンブスの卵。

ことばの世界で仕事をしてきて語源参照主義がすっかり骨身にしみこんでいたのと同じく、趣味の音楽のことでもいつだってルーツやスタート地点を意識する指向の強いぼくとしては、21世紀になってもなおハインズあってこそのジャズ・ピアノなんだぞと声を大にして言いたいわけですが。

ともあれ、そんなハインズの残した音楽のうち個人的に最も好きなパフォーマンスが、アルバム『ザ・ジャズ・ピアノ』(1966)オープニングの「サムウェア」。65年ピッツバーグ・ジャズ・フェスティヴァルでのライヴ録音で、このときの同フェスはさまざまな古典スタイルのジャズ・ピアニストが一堂に介していました。

ですからアルバムも一曲づつ演奏するピアニストが違っていて、ソロだったりデュオだったりトリオだったりで、それぞれ古典的なオリジナル・ジャズ・ピアノ・スタイルを、それを編み出した当人の演奏で聴けるっていう、ぼくなんかには夢のような一枚。

サブスクにあるわけないんで、CDからMacにインポートしたファイルで楽しんでいるわけですが、なんど聴いてもどう聴いても1曲目アール・ハインズの「サムウェア」がチャーミングすぎると思うんです。まえからずっと好きだったのが、このごろ愛好度合いがいっそう増しているような感じで、どうしてここまで?が自分でもわからないほど。

アルバムにはほかにもみごとなピアノ演奏がいっぱいあるのに、1曲目のその「サムウェア」ばかりリピート再生モードにしてくりかえし聴いちゃうんだもんなあ。ハードなところエッジのとがったところがいっさいなく、なごやかでおだやかでそっとほほえみかけているようなゆったりした音の表情をしているのがいいんですよね。

もっとも(キース・ジャレットとかよりもずっと前から)ハインズはうなるピアニストなんで、古いバンド演奏とかだとわかりませんがここでは独奏で録音も現代の良好ですから、うなり声がしっかり録れちゃっているのはちょっとあれです。ピアノはほんとにきれいなんだけど。

1965年ってことはハインズもとうに全盛期をすぎていたのに、指さばきはあざやかのひとこと。自身の創造した右手シングル・ノート弾きでメロディアスなラインを弾きこなしていますが、ここでは独奏だけあってバランスよく左手で基底部をちゃんと支えているのもすばらしい。古典人らしく一人オーケストレイションができています。

ちょうど歩くようなゆったりしたテンポに設定されているのも心地よく、ハキハキ歯切れいい滑舌のよさみたいなのが聴きとれて爽快だし、大胆に思い切りよく弾き出しながら、それでいて繊細でデリケートでかわいくチャーミングなフレイジング。もう文句なしのジャズ・ピアノ独奏でしょう。

リズム伴奏をつけるのがあたりまえになって以後は、ジャズ・ピアノからこうしたエレガンスが消えてしまいました。もちろんハインズはどっちかというと現代にも受け継がれている、バンド演奏のなかで映えるモダンなホーン・スタイルをクリエイトした人物なわけですけど、ピアノ本来のものである独奏ならばこうした典雅な世界をも表現できたっていう。

1910〜30年代的なクラシカル・スタイルのジャズ・ピアノを愛するゆえんです。

(written 2022.10.28)

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