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2020年のコンテンポラリー・ジャズとも響き合うパット・マシーニー『ザ・ウェイ・アップ』

(7 min read)

Pat Metheny Group / The Way Up

パット・マシーニー・グループの最終作『ザ・ウェイ・アップ』(2005)。これ、ジャケットが数種類あるみたいで、当時CD買って持っているものをネットで画像検索して拾ってきて上に貼りつけておきました。このアルバムのことを書こうと思い立ったのは、もちろんきのうからの流れでPMGの作品を総ざらいしていて、発売当初はこんなシリアスな大作主義なんかと退屈に感じて敬遠していた『ザ・ウェイ・アップ』が、かなり楽しくみごとな充実作だと気づいたからです。

『ザ・ウェイ・アップ』を録音したPMGのメンツは前作『スピーキング・オヴ・ナウ』とほぼ同じで、違うのは新たにクロマティック・ハーモニカでグレゴワール・マレが参加していることくらい。でも音楽性はぜんぜん異なっていますよね。どうしてだか2005年の時点で、もっと10年くらい先の、いまの新世代ジャズを先取りしたような作品になっているので驚くじゃないですか。

だから2005年当時ぼくがこの作品を理解できなかったのはある意味当然です。耳がヘボいのを棚上げするとしても、やはり時代の先を行っていたからじゃないかという気がいまではするんですね。あともう一点、このアルバムは、当時21世紀に入って数年が経過して、ちょうどiPodが流行っていたころ、音楽を一曲単位で扱って、つまりスキップしたりシャッフルしながら聴いたりっていう、そんな風潮にパットが異を唱えたものでもありました。

だから、それまで数分単位の曲をどんどん並べていたのをやめて、(CDだと)1曲目はオープニングで5分程度ですけど、それに続いては三つしかトラックがなく、それらはいわゆる「曲」(song)ではなく、一つ20分以上もあるのを並べてトータル68分間で「一個の」音楽作品なのである、としてリスナーに提示したんですね。Spotifyにあるのだと、1トラック目でオープニングとパート1が合体していますから、この志向がさらに進んでいますよね。

そんなの聴きにくいよ、と思われるでしょう。2005年当時のぼくもよく聴かず同様に感じて、それもあって放棄しちゃってたんですね。でも大作主義にみえて、実は長尺なそれぞれのトラックも、短い5〜7分ほどのパッセージというかセクションに分割されていて、それの連なりで組み立てられており、セクションとセクションのあいだに一瞬の空白が置かれていますので、よく観察すれば実は聴くのラクチンなんです。

そんなわけで実質的には数分の曲がどんどん並んでいるのを続けて聴くという従来的なアルバムとたいして変わらないPMGの『ザ・ウェイ・アップ』、やっぱり曲をスキップされたりシャッフルされたりするのに抵抗しただけだったんでしょうね。今回それがよくわかって、印象がグンとアップしました。

さて、音楽的にはこのアルバム、2010年代以後的なコンテンポラリー・ジャズ作品と考えていいと思います。それまでPMGの作品を彩っていたブラジルはミナスの音楽とかワールド・ミュージック志向はほぼ消化され、ストレートな、しかも現代の新世代なメインストリーム・ジャズになっています。クオン・ヴーとリシャール・ボナがいちおうヴォイスでクレジットされてはいるものの、アルバムを通し聴こえる時間はあまりなし。インストルメンタルな、しかも作曲よりも即興演奏を中心に組み立てられています。

バンドのインプロヴィゼイションの中心となって牽引しているのは、あきらかに(パットのほかには)ドラムスのアントニオ・サンチェスですね。この細分化された、しかもめっちゃ躍動的なビートを、繊細かつ大胆に叩きこなしていますよね。それはアルバム全体をとおしてそうなんですが、アントニオのこのドラミング、ジャズ・スタイルでありながら、アフロ/ラテンなリズム感を吸収し咀嚼して現代化しているっていう、そんなフィーリングですよね。

ぼくはちょっとルデーリ(ブラジル)のドラマー、ダニエル・ジ・パウラを連想したんですが、そういえばドラムスだけじゃなくバンドの音楽全体が、このPMGの作品、ルデーリの三作に近似しているようにも聴こえます。アンサンブルとソロとの比重というかバランスも、ルデーリなど現代ジャズに類似しているし、クオン・ヴーがトランペットを吹いている時間はなおさら。こっちのほうではギターリスト大活躍ですから、そこは違うんですけれども。

ギターリストといえば、この『ザ・ウェイ・アップ』でのパットのギター・ワークは冴えていますよね。曲、というかトラック、アルバム全体の見取り図のなかできっちり風景を描くことに成功しているし、そうでありながらしかも弾きまくり系の技巧をも細かく駆使しています。そうかと思うと、パート2から登場するクロマティック・ハーモニカがなにげに効いていたりもします。

それぞれのパート(Spotifyのでは全3パート)のなかでも、音像風景や曲想、曲調はどんどん変化していきますが、アルバム・トータルできれいな心象をつむぎだすことに成功しているし、拡大鏡をかざして細かい部分を聴いていけば、パットのギターはじめバンドの各人が繊細で超絶的な技巧を凝らしているのがわかるし、アンサンブル/ソロのバランスやそれと一体化したリズムのフィーリングは2020年のジャズ新作として出しても通用するだけの先進性、同時代性を兼ね備えているしで、いやあ、なかなかすごい傑作アルバムです。

(written 2020.8.26)


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