マイルズ最晩年の91年ヴィエンヌ・ライヴ、発売さる
(7 min read)
Miles Davis / Merci Miles!: Live at Vienne
2021年6月25日にリリースされたばかり、マイルズ・デイヴィスの未発表ライヴ音源『メルシ・マイルズ!:ライヴ・アット・ヴィエンヌ』(2021)。アヤシげなものではなく、ライノ/ワーナーからの公式リリース品で、死の約二ヶ月前、1991年7月1日、フランスで収録されたライヴ・アルバムです。
もちろんレコードやCDでも発売されますが、日本は世界で最も日付が変わるのが早い地域の一つ。いちはやく6月25日になったというわけで、マイルズ公式や世界中が「明日リリース」とか言っているあいだにこうしてサブスク解禁になったわけです。
このライヴ、開催地のヴィエンヌ(Vienne)はフランス南西部の小さな田舎町というかコミューンで、ここで1991年7月前半の13日間にわたり開催された<ジャズ・ア・ヴィエンヌ91>フェスティヴァルの幕開けを飾ったのがマイルズ・デイヴィス・バンドでした。
演奏はマイルズ以下、ケニー・ギャレット(サックス、フルート)、デロン・ジョンスン(キーボード)、フォーリー(リード・ベース)、リチャード・パタースン(ベース)、リッキー・ウェルマン(ドラムス)という生涯ラスト・バンド。
1991年夏のマイルズは主に欧州でライヴ・ツアーを組んでいて、ほんの数ヶ月後にこの世を去る人間とは思えない精力的な活動を見せていたんですね。ワーナーはそんなマイルズ・ライヴのほとんどぜんぶを公式収録したと聞いていますが、いまだ日の目を見ているのはほんの一部で氷山の一角。
どうしてどば〜っとまとめて公式リリースしないのでしょうかねえ。今回7月1日のヴィエンヌ・ライヴが出たわけですけど、こうやって数年おきにちょこちょこ小出しにするだけで、こういうワーナーの姿勢はちょっと理解に苦しみます。大手はこんなもんかもしれませんけれども。そういえばワーナーはプリンスとのあいだでもトラブルを抱えていましたよねえ。
そう、プリンスとマイルズ。1986年以後は同じワーナーのレーベル・メイトで、相互に、あ、いや、主にプリンス→マイルズ方向で、音楽的影響を受けていました。音楽だけでなく、ライヴ・ステージングやファッションなどの面でもマイルズはおおいにプリンスにインスパイアされていたのでしたねえ。
プリンスからマイルズへの音楽的影響は、今回発売のヴィエンヌ・ライヴでも最大の焦点です。公式には今回初お目見えのプリンス・ナンバーが二曲ふくまれていますから。4曲目「ペネトレイション」、7「ジェイルベイト」。
それらは1988年(となっているが?)にプリンスがマイルズに提供した曲で、しばらく経ってからライヴでもマイルズはやるようになったので、それが聴けるブートレグならいくつかありました。公式には今回が初リリースというわけで、おそらくスタジオ録音もあるだろうにとは思います(お蔵入りのまま)。
今回公式にはじめて聴けるようになったそれらプリンス→マイルズの二曲。「ペネトレイション」はかなりジャジーで都会的な夜のムードの一曲。マイルズが演奏するにはピッタリの曲調ですね。二管でテーマ・アンサンブルを演奏するのはめずらしく+キーボード・シンセの分厚いサウンドでゴージャスに飾っています。デロン、ケニーとソロが続きますが、あいまあいまにはさまるキメのアンサンブル・フレーズが印象的です。マイルズのソロはなし。
「ジェイルベイト」のほうは、プリンスが書いて提供したというにしてはめずらしいただのストレート・ブルーズで、それもかなりブルージーでダウンホームなフィーリング。マイルズはこういうの得意ですし、1981年復帰後はずっとブルーズをやっていたというわけで、手慣れた演奏ですね。ここではマイルズもソロを吹きますが、やはりデロンの鍵盤がファンキーでいいですね。ケニーのソロもあり。
そう、デロンとケニーの二名は、このヴィエンヌ・ライヴ全体をとおし大活躍していて、特にケニーのパッショネイトなアルト・サックス・ソロは最大の聴きものですね。1曲目「ハンニバル」でも2「ヒューマン・ネイチャー」でも情熱ほとばしる演奏ぶりで感心します。晩年のマイルズ・ライヴにおけるスターの一人でした。
晩年のマイルズ・ライヴにおけるスターといえば、リード・ベース(音はギター)のフォーリーの存在感が、このヴィエンヌ・ライヴではほぼ皆無、ゼロに等しいわけですが、これはどうしてなんでしょうかねえ。たしかに弾いていますけど、音量も微弱だし、う〜ん、会場の音響のせいかエンジニアリングかなあ、いるのかいないのかわからない程度ですよねえ。ちょっと不思議です。
その代わりにというかキーボード・シンセサイザー奏者のデロン・ジョンスン(本来はオルガニスト)が、特にバッキングではこのバンドのキモを握っているのが、聴いているとよくわかります。最晩年のラスト・バンドでは鍵盤楽器メインのサウンド構成に回帰したみたいな面もあったかもしれないと思うことがあります。
さらに、このラスト・バンドにはパーカッション奏者がいません。マイルズのレギュラー・バンドにパーカッショニストがいないというのは1969年ロスト・クインテット以後初の事態。70年にアイアート・モレイラを雇って以後、ただの一度も、欠かさなかったんですからねえ。
このへんも、最晩年のマイルズの変化というか、リズムよりもメロディやサウンド・カラーリングを重視する志向に変化したということだったかもしれません。もっとも、ドラマーのリッキー・ウェルマンが一人でポリリズミックに叩いて大健闘ですけどもね。
(written 2021.6.26)